製品開発に従事する設計者を対象に、インダストリアルデザインの活用メリットと実践的な活用方法を学ぶ連載。前回に引き続き、設計者が押さえておきたいデザイナーの要求をかなえる加工技術10選をテーマに、今回の[後編]では残り5つの加工技術を紹介する。
デザイナーと設計者の間には、しばしば“わがまま”とも取れるデザイナーの要求が飛び交います。しかし、これらの要求は製品の品質やデザイン性を高めるためのものであり、実現さえできれば大きな差別化要素となるため、無下にはし難いものです。
一方、設計者自身があらかじめデザインの幅を広げる加工技術を多く知っていたのであれば、そのプロジェクトにおける設計者とデザイナーとのコミュニケーションは円滑になり、さらに互いの情報を共有することでまた新しいデザインのアイデアが生まれることさえもあり得ます。
本稿は、デザイナーの要求、特に外観(意匠)に関する要求をかなえるための加工技術10選を紹介する記事の[後編]となります。前回お届けした[前編]では「シボ加工」「メッキ」「塗装」など、部品表面を均一に加飾する方法を中心に解説しました。今回は「印刷」や「フィルム」など、複雑なグラフィックス表現を実現できる加工技術について解説していきます。
デザイナーの要求に悩まされている設計者、または製品の意匠性にこだわりを持ちたいと思っている設計者の皆さまはぜひご参考ください。
部品表面に複雑なグラフィックス表現を施す加工技術はさまざまありますが、その中でも表現の幅が広く、オンデマンド性の高い加工技術の一つとして「水転写」があります。水転写は水圧を利用して部品表面に加飾を施す技術であり、形状が比較的複雑な立体物でも全体に美しいデザインを施すことが可能です。例えば、さまざまな柄が用意されたバイク用のヘルメットなどは水転写の技術が使用されていることが多いです。
加工手順はシンプルです。まず、デザインを印刷したフィルムを水面に浮かべます。そして、任意の面にフィルムが張り付くように部品を水中に沈めることで、柄を転写します。なお、転写後の表面硬度は高くないため、必要に応じてトップコートをして、表面の強度を高める処理がしばしば行われます。
水転写は部品を一つ一つ加工する必要があるため、段取り時間や加工時間が必要であり、1つ当たりのコストが比較的高くなる傾向があります。また、職人によって加工が行われることも多く、職人の技量が品質や歩留まりに大きく影響します。そのため、大量生産に用いるとコストパフォーマンスが悪くなりやすいので留意が必要です。
なお、転写される意匠は都度プリンタから出力することも可能なため、グラフィックスデータさえあればその通りの意匠を再現できます。表現の自由度という観点では他の加工方法に勝っているといえます。
「TOM成形(Three dimension Overlay Method成形)」は、特殊なフィルムを3次元の形状に張り合わせる加工技術です。フィルムで使用される柄は、木目や石目などさまざまなものが用意されており、樹脂部品などを疑似的に他の材質に見せたいときなどに使用されます。水転写とは異なり、質感の自由度も高く、木目の凹凸やシボの再現が可能です。
TOM成形の加工工程では、まず成形機の真空チャンバーに加飾用フィルムをセットします。真空チャンバーはフィルムで2つの空間に仕切られ、下部に加飾前の部品(基材)がセットされます。そして、上部に設置されたヒーターでフィルムを温めた後に、部品をフィルムに押し付けます。このとき、上チャンバーボックス内のみを大気圧状態にすることにより、フィルムを基材に吸着させます。
フィルムの性質と部品材質、形状の相性が重要であり、この組み合わせがうまくないと成形不良や成形後の剥がれが発生するため、留意が必要です。特に加工精度および品質を要求するには、技術ノウハウや設備が必要になるため、実施したい部品ごとに専門業者に事前相談することをお勧めします。
また、TOM成形は特殊な設備が必要なため、対応できる工場が限られており、条件によっては塗装や水転写などよりもコストが高くなる場合があります。しかし、意匠の自由度が高く、付加価値の向上が可能なため、自動車の内装部品やスマートフォンケースなど、大量生産品かつ意匠性が重視される多くの製品で利用されています。
なお、柄は各種メーカーの標準品から選択するのが一般的ですが、生産ロットに見合うのであればカスタムオーダーも可能です。
「フィルムインサート成形」は意匠性や機能性のあるフィルムを部品表面に施す技術であり、自動車内装部品や家電製品などに多く利用されます。
フィルムインサート成形は、フィルムを用いて部品を加飾するという観点では、TOM成形と同じですが、その加工方法が異なります。また、成形物は水転写の仕上がりに近しいものになります。
まず、柄が印刷されたフィルムを真空/圧空成形で製品形状に合わせて成形します。そして、射出成形の際に成形済みのフィルムを金型内にインサートすることで部品表面に加飾を施します。つまり、射出成形で成形される部品にのみ適応可能です。
使用時の留意点としては、フィルムと樹脂との相性、射出条件などが挙げられ、これらはフィルムと基材の密着性に影響します。また、加飾面をアンダーカットにしたい場合は、フィルム型と成形型の両金型が複雑になり、イニシャルコストが上がってしまう点にも注意が必要です。
他の加飾技術と比較すると、金型費などの観点での初期投資が高額ですが、生産能力は水転写やTOM成形よりも高く、生産ロットが増えれば増えるほどコスト効果を発揮します。なお、フィルムはメーカーで用意されている標準品から選択するのが一般的ですが、シートへの印刷なども可能なので柄に関する自由度は低くありません。
類似の技術としては「インモールド成形」がありますが、これはフィルムインサートで事前に行う成形を基材の成形と同時に実施する技術です。フィルムインサート成形と比較すると、フィルムの加工工程がなくなる分、さらに生産能力が高く、部品単価を抑えられます。ただし、金型や設備準備に要するイニシャルコストがフィルムインサート成形よりも高額であり、形状の制約も増えるため、使用する際には十分な検討が必要です。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.