F1撤退を決めてからも、ホンダは要素技術の研究は続けてきた。要素技術であれば研究を続けやすいだけでなく、過去に空白期間があったことへの反省もあった。「第4期(2015〜2021年)の初めは全く勝てなかった。その前の7年間、開発を止めていて空白があった。7年前の技術をベースにスタートし、リカバリーには数年かかった。撤退しても要素技術の研究は続けなければいけないと思った。パワーユニットの製造者登録も、当初は参戦するつもりはなく、登録しなければレギュレーションに入り込めないのが理由だった」(三部氏)
製造者登録をしたこと自体はオープンな情報であり、さまざまなチームから声がかかった。レギュレーションの変化や米国でのF1人気に加えて、「絶対に勝つという熱意や方向性が近い。ホンダのパワーユニットにも高い評価をもらった」(三部氏)という理由でアストンマーティン・アラムコ・コグニザント・フォーミュラ・ワン・チームとの協力に至った。2023年4月に正式に契約を結んだ。
「レースでも量産技術でもエンジニアは与えられた場で能力を最大限に発揮すべきだ。レースだからといって特別扱いはない。ただ、要素技術の研究を続けてきた中で、やってきたことが新レギュレーションに生かせるとエンジニアから熱い声があった。そういう声が出てくるのはうれしかった。それが復帰の理由の1つになったことは事実だ。現場の熱が勝利につながる」(三部氏)
F1は開発費の負担が大きいといわれるが、レギュレーションで開発費に上限が設けられているため、過去に投じてきた開発費ほど膨らむことはないとしている。「上限がある中で、開発の効率が勝敗を大きく左右する。かつては山ほど試作して開発サイクルを回したが、これからは効率よく勝てるパワーユニットを作る」と三部氏はコメントした。また、許容範囲の開発費の負担でF1にも参戦できるとし、「ビジネスにマイナスのインパクトを与えることなく、F1をプラスに使っていく」(三部氏)と持続可能なレース活動に取り組む意思を示した。
過去にはレースで培った技術が量産車に反映された例が幾つもあったが、現在のF1の技術を量産車に生かすのは難しいという指摘もある。ホンダとしても量産車とレースの技術は別物と位置付けてきたが、今回の復帰では、F1の知見が量産車に直接生かせると期待を寄せる。F1で今後取り入れられる電動化技術に取り組むことは、ホンダが電動化で出遅れていないことを証明する機会でもあり、「何としても量産車にフィードバックしたい」(三部氏)と意気込む。
パワーユニットの開発の主体はホンダ・レーシングだが、バッテリーやモーターなど要素技術はホンダにもある。「それぞれの人員を通じて、ホンダとホンダ・レーシングをうまくつなぎながら、レースも今後のモビリティもバランスよく取り組みたい」(三部氏)としている。
ホンダは2040年までに四輪車の新車販売をEVとFCVのみにする計画だ。エンジンを使うF1に復帰するが四輪車の脱エンジンの方針に変更はない。カーボンニュートラル燃料の研究も航空機やeVTOL向けだ。
また、乗用車でカーボンニュートラル燃料の利用が広がることにも変わらず懐疑的だ。「カーボンニュートラル燃料の経済合理性を考えると、スポーツカーを趣味で持つような人はカーボンニュートラル燃料の価格を許容できるかもしれないが、乗用車のマジョリティーにはならないのではないか。2035年、2040年を迎えたときに『これまで使っていたクルマに明日から入れる燃料がない』というのはまずいので、保有車に向けたカーボンニュートラル燃料は必要だ。大型トラックなどは可能性があるかもしれない」(三部氏)
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