東京大学とリコーは、転写因子で分化誘導されたヒトiPSC由来神経細胞を用いて、ヒトの脳神経細胞の成熟過程を再現し、迅速な機能的成熟に成功した。記憶メカニズム研究や中枢神経系疾患の治療薬開発への活用が期待される。
東京大学は2023年3月24日、転写因子で分化誘導されたヒトiPSC由来神経細胞を用いて、ヒトの脳神経細胞の成熟過程を再現し、迅速な樹状突起スパインの形成とシナプス機能の成熟化に成功したと発表した。リコーとの共同研究による成果だ。
共同研究グループは、転写因子を使用して、ヒトiPS細胞を脳の神経細胞に迅速分化誘導した。その結果、培養10日で神経細胞に分化し、2〜3カ月の成熟過程を経て、ヒトの大脳皮質神経細胞の遺伝子発現パターンに近づいた。
遺伝子発現パターンの経時的変化は、ヒトの脳発達データと相関しており、胎児脳から成人脳への移行が再現された。また、成熟に伴い、シナプス関連因子の発現が上昇することや、タンパク質ドレブリンが樹状突起スパインの形成と動態を制御する脳型ドレブリンAアイソフォームに変換することなどが確認された。
高密度多点電極アレイ(HD-MEA)で電気生理学的評価を実施したところ、発火(連続的な刺激が加わることで神経細胞が短い時間幅のスパイクを発生させる現象)の頻度が上昇していること、シナプス活動を介した神経伝達ネットワークが形成されていることを確認した。
免疫細胞染色からの評価では、神経細胞の樹状突起の成長に伴ってドレブリンの局在変化が起こり、2〜3カ月と短期間で樹状突起上にスパインが形成されることが分かった。
また、スパインに集積しているドレブリンは、グルタミン酸の刺激により樹状突起内に移動した。この現象はドレブリンエクソダスと呼ばれ、シナプスが分子機能レベルで成熟していることを示している。
これまで、ヒトiPSC由来神経細胞のシナプス形成には時間がかかり、特に興奮性シナプス後部のスパイン形成は困難だった。今回、転写因子を用いることで、スパイン形成までの時間を約3分の1に短縮できた。また、ヒト神経細胞でドレブリンエクソダスが観察されたことの意義は大きく、ヒトの神経シナプスの成熟過程や記憶学習メカニズムについての研究が進むことが期待される。
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