先に述べた通り、ヤマチクは現在「竹の仕入れ値を上げる」という目標を掲げている。この取り組みをスタートするきっかけになったのは、山崎氏のある「原体験」だったという。
「私は24歳の時に家業のヤマチクに入り、システムエンジニアから今の仕事に移った。当社には『世界でもうちでしかできない』という仕事が幾つもある。しかし、その仕事を支える職人などの給料がとても低い。特に切子は、夏は暑いし冬は寒いしという中で、十数mもある竹を急斜面から切り出すのだが、その値段は大体1本500円程度にしかならない。調子が良い時で月400本切り出せるくらいなので、売り上げは多くても20万円。これでは誰もやりたがらない」(山崎氏)
「私は同年代では大学に行った地域で唯一の人間だが、進学という選択肢があったのはお箸を作る人がいてくれたからだ。だがそれが、人の我慢の上に成り立っていたということを実感し、ショックを受けた」(山崎氏)
実際に切子の人数減少は深刻なようだ。ヤマチクの場合、取引している切子は現在7人程度しかおらず、さらにそのほとんどが65歳以上だという。労働条件の厳しさもあり、若手の人材が入ってきてもなかなか定着しない。
箸づくりの職人や切子の賃金を増やすには、箸の1本当たりの付加価値を高めていく必要がある。しかし、当時の事業はOEMが中心であったため、価値を高めると言ってもやれることには限界があったという。
「卸売業者からは注文書と製品企画書が届くが、正直、誰が買うのかと思わざるを得ない製品を作ることもあった。結局、案の定売れないということもあり、やりがいも感じにくくい環境だったと思う。モノづくりをやっているのに、自分たちの技術やアイデアを消費者に直接伝えられない歯がゆさがあった。しかも、一生懸命作っても、いつの間にかより安い輸入品に切り替えられてしまうというリスクも存在した」(山崎氏)
また、山崎氏はOEM形式でのビジネスにおける流通コストについても課題感を覚えていた。当時、ヤマチクのOEMの形式では、同社と販売店の間に数件の卸売業者が入る。このため、例えば小売価格で1000円の箸があったとして、ヤマチクに入る出し値はその2割である200円程度にしかならなかった。その200円から製造原価などを差し引いた額が同社の利益になる。
そこで「卸を介することなく買ってもらえれば、もっと良いモノづくりができる」(山崎氏)と考えて新たに立ち上げたのが、自社ブランドのokaeriであった。
しかしブランドを立ち上げたものの、それまでヤマチクは卸売業者経由で製品を売っていたため、販売店とのつながりがなかった。当然、製品展示会などに出展した経験もない。そこでまずは展示会に出展して実績を積むことにした。当初はどの製品がどのような消費者に売れるかも分からなかったため、okaeriの立ち上げ1年目は展示会への出展を重ね、ひたすら販売実績と接客/販売ノウハウを積むことに専念した。次第に、取引先を拡大することができるようになったという。
ブランドを立ち上げた初年度にはアパレル企業のアーバンリサーチから声が掛かり、代官山 蔦屋書店で販売することができた。自社ブランドの売り上げは、初年度はヤマチク全体の売り上げで6%を占める程度だったが、2020年度には約19%、2021年度には約33%まで増えた。
ヤマチクは今後も自社ブランドの売上比率を向上させていく計画だ。竹の仕入れ値を1200円まで向上させることを前提にすると、「目安としては、自社ブランドの売上比率を8割くらいにしたいと考えている」(山崎氏)という。
さらに今後は小売店舗に卸すだけでなく、オンライン販売の強化やファクトリーショップの開設などを通じて直販も拡大していく。仮に生産量が増加しても、ヤマチクでは箸製造を職人技と機械加工のハイブリッド方式で行っている上、OEM事業の経験を生かすことで、生産体制に影響が出ないようにできるという。
仕入れ値の上昇分を製品売価に価格転嫁することは、現時点では考えていないとする。ただ、竹以外の漆などの原材料や包材などの値上がりで価格を上げる可能性はある。だが山崎氏は、「そうした状況の中でも、家庭を持つ人が買いやすい、地元の人が買いやすいくらいの値段感は大切にしていく」と説明した。
取材の中で山崎氏は、「モノづくりの中心にいるのは人間」と強調していた。その上でヤマチクの将来展望について、「求人を出したら人がしっかり集まるような労働条件に変えていきたい。働く人が我慢せずに済むようにしたいと思っている」(山崎氏)と語った。
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