TSMCの研究開発に関する情報は秘匿性の高いものが多く、生産拠点は台湾以外に展開しても、研究開発拠点は台湾内で行う方針をとっていたという。その中でなぜ、新たに日本に研究開発拠点を設立するのだろうか。
江本氏はタイミングの重要性について語る。「ムーアの法則の下、微細化技術を突き詰めれば問題なかった10年前であれば、日本に新たな研究開発拠点を作るということは考えられなかった。ただ、微細化に行き詰まりが見え始めてきたことが、この方向性を変えた大きなきっかけとなった。3次元パッケージング技術を確立するには、材料や製造装置メーカーと協力した技術開発が必要で、これらのメーカーは多くが日本にある。もう1つが日本政府による熱心な働きかけがあったということだ。この2つが組み合わさり、新たな研究開発拠点の設立を日本で行うことになった」(江本氏)。
日本に拠点がある利点について、江本氏は「圧倒的にスピードが変わる。国をまたいで、さまざまな素材を組み合わせた開発などを進めようとすると、材料を手に入れるのに通関などの問題でのタイムラグがさまざまなところで発生する。また、それぞれの技術者同士が顔を合わせて試行錯誤しながらできるため、新たな技術的発想を呼び起こす機会も増える。さらに、開発が進んだ場合、将来的なサプライチェーンの中に定着させることも容易になる。文化的な共通理解も進むと考えている」と利点について語っている。
TSMCジャパン3DIC研究開発センターは研究開発拠点だが「ペーパーを出すための研究開発を進めるつもりはない。ここでは実際に工場で使うための技術を開発している。量産なども含め、顧客の要求にあった産業レベルで適用できる技術の開発を行っていく」(江本氏)としている。そのため、クリーンルーム施設では、自動搬送設備や検査設備など、量産を想定したさまざまな設備なども用意している。ただ、成果については「早いに越したことはないが、1年や2年で結果が出るものではない。腰を据えて取り組む」(江本氏)としている。
TSMCのこうした動きは、日本の産業にとっても重要だ。日本はかつて半導体産業において圧倒的な世界シェアを握っていたが、1990年代以降急速にその地位を下げ、凋落(ちょうらく)が明らかな状態となっている。その中で2021年6月に「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめ、国内の半導体製造基盤の確保と強化や、先端半導体製造プロセスの技術基盤確保などの方向性を示している。
今回のTSMCジャパン3DIC研究開発センターや、熊本県に設立した工場「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing」はこれらの方向性を象徴する重要な取り組みだといえる。これらを示すように、開所式では経済産業大臣の萩生田光一氏をはじめ多くの政治家も参加。萩生田氏は「3次元パッケージ技術の開発をTSMCと日本の製造装置、材料などのメーカー、研究機関などで共同で研究開発を進める。さらに、グローバルでのオープンイノベーションの新たな発信地としていく」と期待を述べている。
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