数多くのハードウェアスタートアップやメイカースペース事業者などを取材してきた越智岳人氏が、今注目のスタートアップを紹介する連載。今回は、3Dプリンタをはじめとする3D技術を活用し、製造コストを従来の10分の1に抑えた義足を提供するInstalimb(インスタリム)にフォーカスし、開発のきっかけやこれまでの取り組み、今後の展望などについて、同社 代表取締役CEOの徳島泰氏に話を聞いた。
世界には1億人以上の人が義肢装具を必要としている。しかし、そのうち90%の人は義肢装具を購入できない。新興国で義肢装具を求める人にとっては、あまりにも高額だからだ。
義肢装具は、一般的に国家資格を持つ義肢装具士がユーザーの身体の形に合わせてオーダーメイドで制作する。義足の場合、その価格は1つ当たり数十万円にも上る。そのため、国民の平均所得が低く、医療保険制度も整っていない新興国では普及が難しい。このような厳しい現実に対し、3D技術を活用することで、製造コストを10分の1に抑えた義足を提供するスタートアップが日本にある。徳島泰氏率いるInstalimb(インスタリム)だ。
Instalimbが手掛けるのは3Dプリンタ製の安価な義足だ。病気やケガなどで切断した脚の切断箇所を手持ちタイプの3Dスキャナーでスキャンし、義足に特化した自社製の3D CADで補正し、3Dプリンタで試作品を造形する。試作品で使いやすさを確認した結果をデータに反映し、最終品を造形してユーザーに納品する。価格は4万円程度と、従来の10分の1以下だ。もちろん、耐久性も従来のものと遜色ないという。納期も平均3日と一般的な義足よりも圧倒的に短い。
Instalimbが採用している3Dプリント技術はFDM(熱溶融積層)方式だ。PLAやABSなど比較的安価な樹脂素材を使い、低コストに造形できる。負荷が掛かりやすい部分は密度を高くするなどして、実用性のある強度を担保する。
ユーザーによって要求仕様も異なる義足は、品質の安定化と標準化が難しい。だからこそ、経験豊富な義肢装具士のオーダーメイド品しか選択肢がなかった状況だ。しかし、Instalimbはユーザーごとの設計データと3Dプリント時の条件をデータとして蓄積し、製造時の品質改良に役立てている。これによって、「安かろう悪かろう」ではない3Dプリンタ製義足の製造を実現している。納品後に不具合が起きた場合も造形時の設定を見直し、細かくアップデートしていく。
さらには、AI(人工知能)の導入も準備している。補正していないスキャンしただけの切断箇所のデータと、試着後の修正を反映した最終品のデータの差分をAIに学習させている。最終的には義肢装具士による補正なしで義足が製造できる仕組みを目指す。
「AIの適用率は90%。実証実験では先天性奇形を持つユーザーや体重が平均値よりも重いユーザーなどレアケースを除けば、AIがスキャンデータから推定したフォルムで問題ないことが確認できています。エビデンスが確立し完全に自動化できれば、義肢装具士がいない土地でも義足を提供できるでしょう」(徳島氏)
Instalimbは、2019年からフィリピンで義足の販売を開始している。現在は、現地のほぼ全ての大病院が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応に集中する目的で「COVID-19センター」となっており、医療機関との取引は一時的に停止。そのため、ユーザーへの直販がメインだ。月間の平均オーダーは40本だという。しかし、医療機関経由での販売が復活し、保険適応が認められてユーザーの自己負担額が引き下げられれば、月間での販売数は2倍、3倍に伸びると見込む。
「日本はハードウェアの要求仕様が高い国なので、改善を重ねながら成長するというソフトウェアでいうリーンスタートアップ的な事業開発が難しいです。しかし、そもそも既存事業者がほぼ存在せず、需要が高く、よって要求仕様が低い途上国であれば、そういったハードルを乗り越えられるにではないかと考えました」と徳島氏は語る。しかし、他国から来たスタートアップが楽に成功できるほど、途上国での事業は甘くない。事実、COVID-19によるロックダウン(都市封鎖)が原因となり、徳島氏はフィリピンからの一時帰国を余儀なくされた。それでも途上国での事業展開に奔走するのには理由がある。
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