特集:IoTがもたらす製造業の革新〜進化する製品、サービス、工場のかたち〜

FA難民を救え! サイバーとフィジカルだけじゃないヤマ発のスマート工場【前編】スマート工場最前線(2/3 ページ)

» 2021年12月02日 10時00分 公開
[朴尚洙MONOist]

2000年代から始まった「理論値生産」がスマート工場の基軸に

MONOist 生産本部管轄の二輪車生産の特徴について教えてください。

茨木氏 生産本部が管轄するヤマハ発動機の二輪車・マリン事業の製造拠点は16カ国27工場で展開しており内製工程が多くを占める。鋳造や鉄やアルミの加工、プレス・溶接、鍛造、熱処理、樹脂成形、塗装、組み立てに至るまで内製している。キャストホイールまで内製で手掛けている二輪車メーカーは他にはあまりないだろう。

ヤマハ発動機の二輪車・マリン事業の生産体制 ヤマハ発動機の二輪車・マリン事業の生産体制[クリックで拡大] 出所:ヤマハ発動機

 スマート工場の取り組みを進めている国内工場は、米国や欧州向けが中心の趣味性の高いモデルの生産が多い。これらは少量多品種で、多くても年間3万〜4万台、ほとんどが年間5000台以下になる。さらに問題になるのが、春の需要が高く、その後冬に向けて需要が縮むという、需要の落差の大きさだ。例えば、春需に対して冬需が5分の1以下に落ち込んでしまうモデルも多数ある。これに対応するためには、どうしても在庫を抱えなくてはならないが、見込みが外れると余剰や欠品が発生してしまう。

 また、二輪車では、四輪車であればボンネットの中に入って隠れて見えないものが見える。フレームや燃料タンク、マフラーなどがそうで、これらは外観意匠面が多い。ホイールも四輪車は四輪全て同じでもいいが、二輪車は前輪と後輪でそれぞれ別々に設計、製造しなければならない。そして、これらの部品の仕上げ作業は人手に頼らざるを得ず、なかなか自動化を進められないのが現状だ。

二輪車の特徴 二輪車は外観意匠面が多く、少量多品種であることから仕上げ作業は人手に頼らざるを得ない[クリックで拡大] 出所:ヤマハ発動機

MONOist 今回のスマート工場の取り組みの基軸となる理論値生産とはどういうものですか。

茨木氏 理論値生産は、現会長の柳(弘之氏)が2000年代初頭に生産本部長を務めていたころに考案した原価低減のための考え方だ。それまで実践していたTPM(Total Productive Maintenance)では、さまざまなロスを排除した価値稼働時間を追及していたが、理論値生産では、この価値稼働時間の中にもムダとなる無価値作業時間が存在すると考える。例えば、組み立て作業を行う中で、ボルトを締める作業には価値があるが、さまざまな確認、振り向いて部品を取る、ツールを付け替えるといった作業は価値を生み出していないので、これらはロスであり無価値作業時間として捉える。これによって、無価値作業時間を省いた本質機能に当たる最速時間に向かって、それ以外のコト・モノをそぎ落とし、継続的に高みを目指し続けるというものだ。

理論値生産の考え方 理論値生産の考え方[クリックで拡大] 出所:ヤマハ発動機

 この理論値生産を進める上で最も重要な「現状の姿」の把握にとても時間がかかっていることが課題だった。また、4M(Man、Machine、Material、Method)やQCDトレーサビリティーなどの事実データが不十分で仮説に推量が多く含まれ、その推量議論が現場の全員に腹落ちしないという問題もある。判断するための根拠仮説立てと、判断した良しあし確認を定量的に早く行えておらず、結果として、暗黙知やノウハウなどで決まっていた。

理論値生産を進める起点である「現状の姿」の把握に時間がかかっていた 理論値生産を進める起点である「現状の姿」の把握に時間がかかっていた[クリックで拡大] 出所:ヤマハ発動機

 スマート工場の何が“スマート”かというと、これまで判断がうやむやになっていたところでスマートジャッジメントが可能になるところにあるのではないか。われわれのスマート工場の取り組みでは、4つのキーテクノロジーとして「自働搬送」「自働検査」「自働作業」「状態監視+トレサビ」を挙げているが、これらによって人手を減らすのではなく、取得したデータを使って、理論値生産をもっと早く定量的に腹落ちして進めるための手段として定義した。

スマート工場プロジェクトでは4つのキーテクノロジーを、理論値生産をもっと早く定量的に腹落ちして進める手段として定義した スマート工場プロジェクトでは4つのキーテクノロジーを、理論値生産をもっと早く定量的に腹落ちして進める手段として定義した[クリックで拡大] 出所:ヤマハ発動機

 そこで、スマート工場のスローガンを「リアル×デジタル」と「人智感論」とした。当社独自の開発思想である「人機官能」のオマージュだが、まずは価値の主役は「人」であると定め、「智」恵の集積となるデータを収集し、そのデータと現場の経験からひらめきを得る「感」性経験、それらの活動の理屈を理論値生産で裏打ちする理「論」値思考から取った言葉だ。

スマート工場のスローガン スマート工場のスローガン[クリックで拡大] 出所:ヤマハ発動機

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