宇宙空間は厳しい環境である。真空である上、ひなたは高温、日陰は極寒にさらされる。半導体部品の天敵である放射線も強い。さらに打ち上げ時の激しい振動や衝撃にも耐えなければならない。もし故障したとしても、宇宙だと簡単に修理にも行けない。衛星には非常に高い信頼性が求められるのだ。
そのため衛星では、宇宙で使用された実績があるものを採用する傾向が強い。だが、これはニワトリとタマゴでもある。誰かが使わないといつまでも実績ができないし、実績がないからいつまでも使われない。最初の一歩を踏み出すためのハードルは、非常に高い。
スラスターの販路を拡大していくためには、いかにして最初の顧客を得て、軌道上で性能を実証するかが重要だ。永松氏は「国内衛星ベンチャーにヒアリングして回り、こういうスラスターを作るという情報を渡しているが、興味を持ってもらっている。一緒に作れるのが国産スラスターのメリット。関係強化と維持に力を入れたい」と述べる。
一方、市場規模としては、国内よりも海外の方が圧倒的に大きい。もしコンステレーションの衛星で採用されれば、一挙に販売数の伸びも期待できる。こちらについて、永松氏は「どんどんPRしていきたい。当社はフランスにも拠点があるので、営業に活用していく」と、期待を寄せる。
なお、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が実施中の「革新的衛星技術実証プログラム」は、まさにこの「最初の実績」を軌道上で作る機会を提供し、国際競争力を高めようというものだ。YUTAスラスターの実証としては理想的で、公募のため採用されるかどうか確実ではないものの、このプログラムの活用も検討している。
高砂電気工業は既に、バルブやポンプで世界的な販売ネットワークを構築しており、由紀精密を側面から支援する構え。浅井氏は「宇宙ミッションも多様化していて、宇宙は行くだけの場所から、暮らす場所に変化しつつある。食料の生産、水の再処理、電気分解など、さまざまなところでバルブ、ポンプのニーズを聞いている」と状況を説明する。
バルブやポンプの営業の中で、相手の会社が衛星も手掛けているときもあるだろう。そういったときに「スラスターもどうですか」と提案し、由紀精密につなげていくのが「われわれの役割として適切」(浅井氏)と考えているそうだ。
永松氏は「JAXAや衛星メーカーとはこれまで、さまざまな開発案件や部品製造などで良好な関係を築いてきた。このスラスターを1つの刺激として、さらに宇宙業界を盛り上げていきたい」と意気込む。超小型衛星用スラスターも競争が激しくなりつつあり、勝ち抜くのは簡単ではないだろうが、今後の動向に注目したいところだ。
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