低毒性燃料採用の超小型衛星用スラスター開発はリアル下町ロケットだった!?宇宙開発(3/4 ページ)

» 2021年10月07日 10時00分 公開
[大塚実MONOist]

超小型スラスターのニーズはどこに?

 スラスター本体は、金属3Dプリンタでインコネルを積層して造形する。3Dプリンタだとどうしても表面が粗くなってしまうが、スラスターの性能を良くするために、造形後に表面加工で滑らかにしている。

 3Dプリンタを活用すれば、金属加工では難しかった形状も可能になる。このスラスターでも、「切削だと複数のパーツを作り、それを溶接することになるが、3Dプリンタならほぼ一体で出力できた」(松本氏)という。これは、工期やコストでのメリットが非常に大きい。

 ところで、触媒の上流側にらせん状の細い配管が見えるが、これはわざと流れにくくすることで、燃料の流量を正確にコントロールしているとのこと。細い配管をクルクルストローのように巻いて、全体のサイズをコンパクトにしているわけだ。

スラスターの試作品 スラスターの試作品。中央の円筒部に触媒が入っている[クリックで拡大] 出所:由紀精密

 衛星用スラスターの用途としては、大きく姿勢制御と軌道制御がある。

 衛星の対角線上にあるスラスターを逆向きに噴射すれば、回転する力が生じる。これを利用するのが姿勢制御だ。ただ、姿勢制御はリアクションホイールでも可能で、これだとスラスターとは違って燃料は消費せず、電力さえあれば使い続けることができる。そのため、同社が主に期待するのは軌道制御だ。

 永松氏は「デオービット用途が一番あるのではないか」と見る。近年、宇宙開発で大きな問題となりつつあるのがデブリ(宇宙ごみ)だ。デブリの元は、寿命を迎えた衛星やロケットの上段。デブリが衝突すると、さらに多数のデブリを生み出すため、これ以上デブリを増やさないようにするというのが現在の世界のコンセンサスである。

 国際宇宙ステーションが周回する高度400km程度であれば、大気の抵抗により衛星は数年レベルで地球に落下するため、あまり気にする必要はない。しかし衛星として一般的な高度800kmくらいになると、軌道上を漂う期間は数十年レベルになるといわれており、衛星の運用終了時、積極的に高度を下げることが求められている。

 このように、周回軌道から離脱させ、大気圏に再突入させることがデオービットである。そのための装置としては、大きな膜を展開させ、大気抵抗を増やすようなものもあるが、スラスターであれば、アクティブに制御できるというメリットがある。

 また近年は、地球周回衛星だけでなく、深宇宙探査機でも、超小型の活用が増えつつある。深宇宙では、軌道制御のほか、リアクションホイールのアンローディング(外乱を吸収して上昇した回転数を下げる運用)でもスラスターが必須となるので、こういった超小型探査機でも活用できるだろう。

2018年に打ち上げられたNASAの「MarCO」 2018年に打ち上げられたNASAの「MarCO」。6Uサイズ(1Uは10cm立方)のキューブサットで、火星へ向かった[クリックで拡大] 出所:NASA/JPL-Caltech

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