音のデザインに限らず、デライトデザインに共通することだが、いずれも“人の感じ方”に関係する。人の感じ方は、性能(ベター)のように一定ではなく、人によって異なるだけでなく、同じ人であっても置かれた環境(場所、時間)によって感じ方も変化する。このようなことから、デライトデザイン(音のデザイン)に懸念を抱く人が多いのは事実である。
音のデザインで対象とした家電製品も、国内だけでなくグローバル展開する場合は、このような懸念に応える必要がある。そこで、国民性による音の嗜好の違いを検証するための実験を行った。具体的には、ドイツとインドで同じ形容詞対(英語)を用いてSD法による評価を実施した。
図8に、4種類のクリーナー音に関する、11種類の形容詞の回答結果(各国の平均値)を示す。これから全体の傾向は両国とも似ているが、よく観察すると、好きな順番がドイツではA⇒B⇒C⇒Dであるのに対して、インドではB⇒A⇒C⇒Dとなっていることが分かる。製品Aと製品Bの差はいずれも小差であることを考えると、音に関する嗜好は大きく変わらないが、細かいところでは微妙な違いがあると考えることができる。
製品Bは、製品Aよりも活気のある音がする。インタビューの結果、インドでは香辛料を砕くミルが家庭では鳴り響いているということで、これがこのような結果に結び付いたと考えることもできる。音のデザイン(デライトデザイン)に当たっては、“文化的なものも考慮する必要がある”という教訓になった。なお、日本での評価はドイツに近いものであった。
音のデザインが比較的うまく行った理由として、音質指標の存在がある。音質指標自体は、音を信号処理したものであるが、その算出方法には人を介した音響心理学の知見が貢献している。すなわち、製品が発する音と、人が音を聞いた際の感じ方の両者を音質指標が媒体となって接続してくれている。この状況を図示したのが図9である。
“心地よい”とは、どういうことかを音質指標で説明し、各音質指標が製品のどの部位に相当しているかを分析することにより、既に述べたように心地よい音を実現できる。従来の騒音レベルに頼った低騒音化では、このようなことは実現できなかった。
この音質指標に相当する“指標の考え方”を、デライトデザインにも拡張できないだろうか。例えば、“見た目がいい”デザインを実現する際に、長さ、高さ、奥行き、角の形状、色、質感などが関係し、その多くは測定可能である。これらから形状指標なるものを定義できないかと考える。
次回は、デライトデザインの適用例としてフライパンのデザインについて紹介する。 (次回へ続く)
大富浩一/山崎美稀/福江高志/井上全人(https://1dcae.jp/profile/)
日本機械学会 設計研究会
本研究会では、“ものづくりをもっと良いものへ”を目指して、種々の活動を行っている。デライトデザインもその一つである。
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