キヤノンから“キヤノンらしくない”デジカメ「iNSPiC REC」が発売された。シンプル過ぎるその見た目はトイカメラのようにも見えるが、このカタチになったのには理由がある。製品企画担当者に「iNSPiC REC」の開発背景と狙いを聞いた。
キヤノンは、昭和初期から精密小型カメラの開発に取り組む、国産カメラメーカーの老舗である。同社の代表的なカメラといえば「EOSシリーズ」が挙げられ、エントリー向けからプロ向けまでのラインアップと、高画質な撮影をかなえる高度な光学技術が広く人気を集めている。
そんなキヤノンから、“らしくない”ともいえるカメラが発売された。「iNSPiC REC」だ。大きさはコンパクトデジタルカメラ(以下、コンデジ)と比較してかなり小さく、一見、子供のおもちゃ(トイカメラ)のようにも見える。筐体は、カラビナ(フック)が一体化されたデザイン。手に持ってみると、堅牢(けんろう)性が高く、ボタン部分は隙間がないように設計されていることが分かる。防水・防じん性能はIP68等級相当とのことだ。
見た目は非常にシンプル。フラッシュもなければ液晶画面もない。従来のフィルム式インスタントカメラのように、ファインダーで被写体を捉えて撮影するのが基本だ。気の利いたズーム機能も、手ブレ補正ももちろんない。有効画素数は1300万画素程度と、スマートフォン(以下、スマホ)と同等レベルで、スマホの画面で表示する分には問題ない画質といったところだ。
「カラビナ部は別になくてもカメラとして成立するのですが、iNSPiC RECのコンセプトを具現化する上で欠かせないデザイン要素です。お客さまが服やカバンなどにひっかけて、あるいは指にぶら下げて、どこにでも持ち歩けて、思い立ったらすぐに撮れるカメラを目指しました」と、iNSPiC RECの企画を主導したキヤノン イメージコミュニケーション事業本部 ICB事業統括部門 部長の加藤寛人氏は説明する。
その使用感は、まるで昔のレンズ付きフィルムカメラをほうふつとさせるが、現代のデジタルカメラ(以下、デジカメ)らしく、記録はmicroSDメモリカードで、Wi-Fi接続によるスマホ連携に対応。もちろん、静止画だけでなく、動画撮影も可能だ。
デジタル一眼レフカメラ/ミラーレスカメラ、コンデジのユーザーの中には、「キヤノンはなぜ、このような製品を作ったのか?」と疑問に思う人もいるかもしれない。実は、その疑問は当然のことで、iNSPiC RECはそもそもこれまで同社がターゲットにしてきた顧客層とは大きく異なるところを狙っているのだ。
ご存じの通り、現在デジカメ市場は全体的に一時期よりも縮小傾向にあり、カメラメーカー各社は苦境に立たされている。
デジカメ市場の低迷の背景には、スマホの台頭がある。特に10〜20代の若年層にいたっては、簡単で手軽に写真が撮れ、SNSにもすぐにアップできるスマホの利用が主で、コンデジを中心に利用率は低下している。近年はスマホのカメラ画質も向上し、アプリによるフィルター機能なども充実しており、(若者にとって)デジカメの役割はスマホに取って代わられてきている。
若者を中心に、急速に進むデジカメ離れ。今後の市場拡大があまり見込めないとなると、新しい顧客層の開拓、あるいは市場の再活性が不可欠だ。そこで、キヤノンは停滞感のあるデジカメ市場に一石を投じるべく、新規製品の開発にも積極的に取り組む。iNSPiC RECもそんな思いから生まれた新製品の1つ。ここであえて狙いにいったのが、従来のデジカメのメインユーザー層とは真逆に位置する、20〜30代の若年層と女性だ。
「最近、特に若い人たちや女性が、キヤノンのデジカメに触れる機会が減ってきているように感じています。そうした状況をiNSPiC RECで払拭(ふっしょく)し、『キヤノンって面白いなぁ』と思ってもらうことで、再び接点を持ちたいと考えました。これをきっかけに、あらためて若い人たちや女性に目を向けてもらうことで、デジカメ市場の再活性化につなげられたらという思いがあります」(加藤氏)
iNSPiC REC誕生のきっかけとなった新規事業創出活動は2017年春に立ち上がり、キヤノン横断でプロジェクトを推進。約1年間かけて新製品のアイデアを練り上げ、社内でのヒアリングやテストマーケティング活動などを経て、2019年12月下旬に国内販売を開始した。
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