自動車業界ではなく異業種ならではの視点といえるのが、3つ目のコンセプトであるアダプタビリティ(適応性)だ。川西氏は「クルマの構造がIT化していくということは、電気部品の増加やソフトウェアの比重がどんどん高まっていくことを意味する」といい、「ソフトウェアでクルマを再定義すると、ネットワークやクラウドの重要性も増していく」(同氏)と見ている。その上でクルマが進化し続けるための要素として、「5G」「クラウドAI」「無線ネットワークによるソフトウェアのアップデート(OTA:Over-The-Air)」「センシング」「システムセキュリティ」の5つを挙げる。
これらは当然VISION-Sでも取り入れた。5Gについては「車載用の普及はもう少し時間かかるかもしれないが、低遅延・広帯域を見据えて実証実験を進めていく」(川西氏)といい、ドイツのボーダフォンと協業して5Gの導入に向けたテストコースでの走行試験を2021年4月より開始した。クラウドは「さまざまな走行データを学習してユーザーにフィードバックすることで、ユーザー体験の向上が可能となる」(同氏)という。センシングでは、ADASや自動運転向けのAIの学習にエッジコンピューティングだけでなくクラウドも活用する仕様とした。
セキュリティについても「クルマのIT化が進むとハッキングなども顕著化する」(川西氏)と重要視する。ユーザー認証やドアロックなどシステム全体のセキュリティを守るためにプラットフォーム化していく考えだ。これらの取り組みによりアダプタビリティを高め、柔軟に進化し、ユーザーに寄り添いながら成長していくことを目指しているという。
それでは、なぜソニーはここまで本格的な次世代の自動車を開発するのだろうか。VISION-S開発の経緯について、川西氏はAIやロボティクスとの関係性を挙げる。
ソニーではこれまで、エンターテインメントロボットの「aibo(アイボ)」や業務用ドローンを手掛けてきた。川西氏は「ADASや自動運転などの将来のモビリティも一種のロボットといえるのではないかと考えており、クラウドにつながるIoTデバイスとも見ることができる」と説明する。「どの商品もさまざまなセンサーを駆使してインテリジェントエッジコンピューティングを実現している。得られる情報をクラウド連携し、より高度なAIロボティクス技術に発展させていくことが可能だ」(川西氏)といい、これまでソニーが培ってきた知見が次世代車でも高い競争力を発揮すると見ている。
また、モバイル事業での経験から、今後の自動車産業に期待するポテンシャルの高さもソニーの自動車開発を後押しする。川西氏はソニーが経験したモバイル業界での変革について「かつて携帯電話機メーカーと通信キャリアは独自プラットフォームの端末を販売し、固有のサービスを提供してきたが、スマートフォンの登場で社会環境が大きく変わった。プラットフォーマーにより規格化されたハードウェアやOS、ソフトウェア、膨大なアプリケーションにより、人々は多様な情報やサービスに手軽にアクセスできるようになった。これに伴い、従来のモノづくり的な垂直統合型の業界モデルから、IT業界の水平分業型モデルに移っていった」と当時を振り返る。
携帯電話機で起きた勢力図の激変は、CASEという形で自動車業界にも訪れており、「従来のハードウェアとしてのクルマの位置付けが大きく変わろうとしている」(川西氏)と説明する。このモバイル業界の変革とCASEという2つの流れを考えると、「モバイルに続くメガトレンドはモビリティではないかと思う」と川西氏は予想する。「今後10年の変革の要素としてモビリティは大きな役割を果たす。将来のモビリティの進化に向けてソニーはどんな貢献ができるのか。もっと深く探索するために、VISION-Sのプロジェクトがスタートした」(同氏)と背景を語る。
川西氏は「モビリティの進化は自動車のハードウェアの進化にとどまらず、人々のライフスタイルの変化や、社会の在り方を変えるパワーを持っている」という。加えて「EV化やサービス化、スマートグリッド化による社会課題や環境問題への貢献という意味で、その影響力はモバイルより大きい」とも指摘する。
「AIロボティクスを駆使して人々の生活を豊かにする」。川西氏はソニーのミッションをこう表現する。100年の歴史を刻むこれまでの自動車産業は、走行性能や快適性といった価値観をハードウェアの追求で実現してきた。IT業界のスピード感を持つソニーは、従来の枠組みにとらわれないアプローチにより、開発からわずか3年あまりで公道走行が可能な自動運転車を完成させた。本格的な自動運転社会の到来によってクルマに対する価値観やモビリティそのものが変わる時、ソニーが持つ本当の強さが発揮されそうだ。
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