また、「出願する技術は、特に難しいものでなくてもよい」と加藤氏は話す。
加藤氏が初めて取得した特許は、ブラウン管テレビ用フライバックトランスに関するものだ(図1)。従来、ばね枠の中にフェライトコアを押し込んで組み立てていたが、手が2本では足りないというほど押し込むのが難しかった(図1上)。そこで、ばねを後から組み合わせるように変更するとともに、ばねに対応した形状変更をフェライトコアに加えた。これにより、コイルとフェライトコアを組み立てた後に、コの字状の抑えばねを取り付けられるようになり、組み立てが容易になった(図1下)。このような地道な改善も立派な発明であり、効果と独自性が認められれば特許として登録される。「簡単な特許ほど権利化できれば強力な武器になる」(加藤氏)。
特許の取得は、企業にとっても不可欠なものである。「自身の技術、手法を権利化し、相手を制するためには、特許にするのが最も手っ取り早い」(加藤氏)。企業の特許戦略においては、対象とする分野の競合相手およびその技術レベルを押さえ、相手の技術を上回るか、その特許を回避することになる。他社の特許を回避、あるいは無効化できれば、相手より優位に立つことができる。
多くの企業では、知財部門が特許に関する業務を担う。中西金属工業の石黒博康氏は、軸受知的財産室で軸受分野の特許関連業務に携わる。石黒氏は約20年間、CAEに携わった後、軸受分野を担当する知的財産室に移った。CAE技術者として設計者と密接にやりとりしながら製品を作り上げてきた経験が、技術者と連携して特許を取得する今の業務に生きているという。
中西金属工業の中核事業は、軸受、自動車工場などに向けたコンベヤーや自動制御装置、そして、サッシ用戸車の3分野になる。石黒氏が所属する軸受事業のリテーナー(保持器)は世界で高いシェアを誇る。3事業それぞれの製品に詳しい人が現場の近くで担当した方がよいという考えから、各事業部に知財担当が在籍している。
石黒氏の業務の1つが「発明の発掘」である。開発部門の発表会に参加するなどして発明の種を探す。その中でよく感じるのが、発明になるような開発をしているにもかかわらず、「身近な技術を製品に応用しただけであって、発明ではない」と思い込んでいる人が多いことだ。「ある技術分野の製品に、その技術を使えるのが自社だけということであれば、特許を取る意味は大いにある」と石黒氏は述べる。
「特許戦略は、自社の事業を守るための重要な取り組みだ。軸受の業界ではたくさんの特許が出ている。取られると、そのジャンルに参入できなくなってしまうことから積極的に取っていく必要がある」(石黒氏)という。社内では、特許に積極的に取り組んでもらうため、勉強会も開催している。技術部門トップ自らが推進していることもあり、最近は取り組む人も増えてきているそうだ。
特許は“発明=(イコール)難しい”と感じてしまうが、3氏とも「特許のハードルは高くない」と口をそろえる。
「せっかく自分で開発した製品なのだから、きちんと知的財産権で守りましょう」と石黒氏は語る。特許は、技術者が取り組んだ証しとなる。その技術が製品に欠かせないものであり、発表されていなければ出願しない手はない。むしろ、他社に出願されると自社がダメージを受けることになる。特許の取得は、技術者と会社の双方にとって意義のあるものであり、積極的に取り組んでいくべきだろう。
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