ユーザーのニーズは流動的で変化も早い。さらには活用すべきITの幅も広がる状況で、どのようにプロダクト開発を進めていけばよいのだろうか。この問いに対し及川氏は「ユーザーのニーズが不定だと、プロダクトのどの部分がユーザーに評価されるかが不透明で、プロダクトの設計も難しいように思える。そこで役立つのが、ユーザーの反応の捉え方と、プロダクト品質の考え方だ」と指摘した。
ユーザーの反応の捉え方について、及川氏は元Evernote CEOのフィル・リービン(Phil Libin)氏の過去のコメントを引用しながら、ユーザーは主に2種類に分類できることを解説している。
「1つは新しい、良い体験などを肯定するユーザーであり、もう1つは欠陥などのマイナス面に対して不満を言うユーザーだ。これらの声のどちらに耳を傾けるか。この回答が、開発時の意思決定の軸となる」(及川氏)
開発者が品質に対して一定の指針も考えられる。及川氏は顧客の満足度と品質の関係性を表した「狩野モデル」をベースに説明した。
「チームが事前に合わせた品質基準がブレることがあってはならない。狩野モデルでは品質を、基本機能など充足されるべき『当たり前品質』、充足されれば満足するが不充足であれば不満になる『一元的品質』、充足されれば満足するが不充足でも不満に思わない『魅力品質』の3つに分解して理解する。プロダクトによってどの品質が重要かは異なる。実際に顧客に求められているのは何かを理解し、各品質に重み付けをしてプロダクト開発を進める必要がある。開発フェーズの折々ではプロダクトの方向性に関わる意思決定が求められるが、品質に関する考え方はその際の判断基準の根拠になり得る。この意味で、『品質が開発のマイルストーンを作る』と言っても過言ではない」(及川氏)
例えばクルマの場合、顧客が安全性を第一に求めており、安全性が高まれば高まるほど顧客満足度も上昇するのであれば、一元的品質を重視した開発が求められることになる。ただ、ユーザーやマーケット次第で、プロダクトに求める機能や価値が異なる点には注意すべきである。
また及川氏はリービン氏の過去のコメントなどを引用しつつ、プロダクト開発では魅力品質を作る重要性も指摘する。「プロダクト開発においては、ついつい現在のプロダクトを基準に機能向上を図るという、ある意味で取り組みやすい手法を選びがちだ。しかし、それだけではユーザーがプロダクトを買う理由を作ることはできない。買う理由の主要因となるのが魅力品質であり、これを作り込むことが重要だ」(及川氏)
及川氏はこのような品質の検討や評価を、プロダクトマネジャーを中心に組織的に進めるべきだと語る。
「プロダクトを世に出してからも継続的にユーザーと接点を持ち続けるようになり、メーカー側にはユーザーの声に応えて迅速にプロダクトを改善する姿勢が求められている。このような状況においては、組織の誰か一人に品質保証を任せるやり方や、従来の開発手法のように開発フェーズの最後に品質保証を行うやり方ではスピード感を欠く。プロダクトの設計時から全員が品質を考え、定義し、さまざまな変化を受け入れながらアップデートする必要がある」(及川氏)
近年、国内メーカーでもプロダクトマネジャーの役職や求められる役割に関する理解が浸透しつつある。一方で、役職ができたことで、プロダクト開発に極端な分業制を持ち込む組織も出てきてもいる。及川氏はこうした流れを否定し、全員がユーザーの体験をベストに仕上げることを考える、「プロダクト志向」の組織づくりが必要だと指摘した。
ユーザーと技術者の関係が密になり、ユーザーの価値観が変遷する今日においては、単純なモノづくりの技術だけでなく、ユーザーやユーザーを取り囲む環境をプロダクトを通して想像し、品質を創造し続ける力が技術者に求められている。「常に使う人を意識したコードの集合体であるプロダクトづくりが、これからのモノづくりの指針になるだろう」(及川氏)。
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