当初、限られた人数でコンセプトを検討していたチームも、正式に製品化が決まると、通常のカメラ開発チーム並の所帯になった。それだけではなく、他製品の開発チームや製造現場の社員など、これまでPowerShot ZOOMの開発時にやりとりをする機会のなかった社員からも積極的にフィードバックや提案が寄せられるようになったという。
「やはり、多くの人が1人のユーザーとして、課題とコンセプトに共感していたことが大きかった。開発が佳境に差し掛かると、実際に試作機を使用した事業責任者が、1人のユーザーとして、画面遷移やメニューのデフォルト設定などの詳細な仕様までも率直に意見を交わし合うという場面があった。担当や役割を超えて、“皆がこの製品について語りたくなる”という魅力があった」(島田氏)
この好循環の背景にはスペックの積み重ねではない、ユーザー共感型の開発思想が大きく影響したと、開発陣は振り返る。
「開発当初から『Empathic Design(共感デザイン)』をキーワードに掲げ、ユーザーに寄り添い、自分たちも1ユーザーとしてカメラを再発明する気持ちで取り組んできた。開発チーム以外のキヤノン社員にとっても、望遠は気軽に持ち出しにくいという課題感や何かしながら撮影したいという欲求は、ユーザーとして共感できるものだったに違いない。だからこそ、“自ら提案したくなる”という流れが生まれたのではないか」(保刈氏)
開発陣たちの思いがキヤノン全体に波及したPowerShot ZOOMは、クラウドファンディングでも大反響となった。
マーケティングを担当したキヤノンマーケティングジャパン コンスーマビジネスユニットコンスーマ商品企画本部の安見祐太氏は「ユーザーと直接対話できる点が魅力的」として、クラウドファンディングによる購入予約を実施。用意した1000台が約6時間50分で終了したのは、想定以上だったという。
「キヤノンでは、2019年にアウトドアカメラ『iNSPiC REC』をMakuakeで公開した。その際は、約13時間で1000台の予約購入が終了した。iNSPiC RECは1万4850円(税込)で、今回は3万1460円(税込)と倍以上の価格にもかかわらず、前回よりも早く購入予約が終了したことに驚いている」(安見氏)
クラウドファンディングでの好記録もあり、2020年10月には一般販売も決定(同年12月10日から販売開始)。既に想定以上の予約が集まっているという。ユーザー視点に立ち返り、多くの人の声を聞きながら開発したPowerShot ZOOMの成功は、開発陣にとっても大きな自信になったようだ。今後の開発ビジョンに対する質問にも力強い言葉が並ぶ。
「今回の開発プロセスから学んだことも多く、今後の新製品開発などにも積極的に取り入れていきたい。既に、エンジニアが直接ユーザーとコミュニケーションを取りながら、それを製品仕様に落とし込んでいくという活動も一部製品で始まっている」(桐原氏)
「自分自身がユーザーとして体験するワークショップは、今後のデザインにも生かしていきたいアプローチだ。何より、固まった仕様を包むデザインではなく、『こういう未来が欲しい』というスタンスで、これからもデザインに取り組んでいきたい」(保刈氏)
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