もう1つの変更点は、シミュレーターを活用してバーチャル環境で競技会を開催する点だ。これにより参加者が大会開催地に直接集合することなく競技会の実施が可能になる。ETロボコン実行委員会は今後、参加者が開発過程でプログラムの動作を確認するためのシミュレーターを公開し、提供する予定だ。
これまでシミュレーターを扱ったことがない参加者に対しては「技術教育」のプログラム内で指導するなどのフォローを順次行っていく。また今回大会からの変更点を詳しく知りたい参加者を対象に「ETロボコン オンライン座談会」をビデオ通話ツールの「Zoom」経由で6月中旬から実施する予定だ。「例年に比較して、参加者とのコミュニケーションの機会が減少している。参加者に一方的に情報を発信する大会の在り方は望ましいものではない。Zoomなどを活用して不安点や疑問点を吸い上げ、解決していく仕組みを取っていく」(櫻井氏)。
試走会とチャンピオンシップ選抜では、全参加者が提出したプログラムを運営委員会がシミュレーター上で走らせてタイムを計測する。このため、競技会そのものに参加者が直接立ち会うことはできない。選抜時の走行タイムはチャンピオンシップ大会の開催時に優秀チームと併せて発表する予定だ。
また櫻井氏は「本番コースはできるだけリアルに近づけたいと考えている。例えば、リアルの大会では光の加減で走行体が誤認識を起こし、想定通りの走行ができなくなるなどロバスト性が試される場面がある。具体的な内容は未確定だが、シミュレーターでも似たような試練を再現したいと考えている。いわばシミュレーターでも『コースに魔物が潜む』という状況を提供するということだ」と語った。
今回、大会の実施形態を変更した背景には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によって、全参加者が一斉に集合する形式が困難になったという事情がある。ただ、オンライン化やシミュレーターの活用については以前から検討を重ねており、櫻井氏は「COVID-19が原因でオンライン化したというよりは、COVID-19が後押しとなり検討していた施策の展開時期を前倒しにしたという表現が正確だ」と語る。
まず大会のオンライン化に関しては、遠方からの参加者に対する配慮や教育機会の平等化という観点から実施の必要性を以前から感じていたという。「例えば中四国地区の場合、イベントは広島県内で開催するが、同地区に含まれる地域が広島県を挟んで東西に広がっているため、参加者によっては移動の負担が大きい場合もある。実際に山口県の高専からは『遠隔地だから広島まで行くのが大変』という意見が届いていた。企業からも、事業所の立地が地区内で分散しているため参加が難しいとの声が寄せられていた。このため参加チームの経済的なコスト低減やストレス軽減を目的に、2019年には『技術教育』のプログラムをYouTube配信するなどの取り組みを実施してきたという経緯がある」(櫻井氏)。
またシミュレーターの活用についても櫻井氏は「自動車業界など組み込み開発の現場において、シミュレーターは日常的なツールとして広く認知されている。適切に活用すれば組み込み開発の工程削減や、ソフトウェアの品質向上が図れる。その有効性を体験して慣れ親しんでもらうという意図で、シミュレーターによる競技会の実施は以前から考えていた」と語る。
ただ、櫻井氏は今後完全にリアル環境での競技会を取りやめるつもりはなく、むしろ、徐々にリアル環境での大会を復活させる方向性で検討を続けているとも語った。「実務ではシミュレーション結果をいかに現実の製品に落とし込むかを考えなければならない。リアル環境でのロボット走行時には床の摩擦係数なども全て考慮に入れなければならないが、こうした現実と仮想の落差をソフトウェアの実装時にいかに吸収できるを考えることがシミュレーター活用時の1つのポイントになる。それを学べる大会に作り上げていきたい」(櫻井氏)。
櫻井氏は2020年大会について「COVID-19にまつわる社会状況を鑑みて大会中止の判断を下すという選択肢もないわけではなかった。だが、ETロボコンの運営には有志のボランティアとして参加するメンバーが大勢いる。一度開催の流れを切ると、2021年以降の大会運営に支障が出かねないと判断した。また参加者からも『他のロボコンが延期や中止になる中で開催してくれるのはうれしい』などの声が届いている。学ぶ機会を止めてはならないという強い志の下、無事に開催できる方法をこれからも模索していきたい」と語った。
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