2つ目のポイントは、文書検索における自然言語AIの活用である。文書レベルの情報獲得も開発生産性向上に際して重要な観点であると考える。
通常、文書の検索というと全文検索が一般的であるが、言葉の揺れやそもそも検索したいキーワードが分からないなど、適切な文書に対するアクセシビリティーが提供できないケースが多い。筆者は、文書検索においても自然言語AIの活用を提唱している(図4)。
例えば、先行開発や研究においては、ある特許に対して類似性の高い特許を検索する、といった要件も多いのではないだろうか。そうした場合に、特許の請求項そのものを解釈し、意味的に関連する特許が検索できたとする。そうすると今までのキーワードマッチングベースの全文検索とは違った、真の意味のある文書へのアクセシビリティーが得られることになる。
他にも、プロジェクト開始時の計画書の文章を解釈して過去の類似プロジェクトの報告書などの情報を取得することも可能である。また、目の前で起こっている不具合や障害を自然文で記述しておけば、後ほど検索を行うことも可能となる。「キーワード」の検索ではなく、「センテンスの意味ベース」での検索の世界が広がろうとしているのだ。製造業以外にも「RegTech(規制と技術を組み合わせた造語)」における法規制への影響分析などへの応用も期待できる。
3つ目のポイントは、チャットの活用である。ここでいうチャットは、過去の知見を高度に理解したAIによる課題解決のパーソナルエージェントという存在である。イメージするところとしては、先人の知見を有したパーソナルエージェントを傍らに、それと対話しながら業務を進めていくというのが将来的な姿だと考えている。
チャットと聞くと、AI活用の代名詞のように聞こえるが、製造業の研究や先行開発といった超高度な知見が求められる領域での活用にはなかなか至っていない。チャットを実装できるAPI型のAIは多数市場に登場してきているものの、なぜかこれらの領域での活用が進まない。筆者はここに2つの課題が存在していると考えている。
1つ目は、企業の問題の掘り下げ方や知識の構造化に独自性があるということだ。これらを踏まえた対話を実現するとなると、高度なチューニングが求められる。2つ目は、ブラックボックス化されたクラウド上のAIという点がある。
これらに対してどうするかということだが、筆者の考えは実にシンプルで、カスタムメイドのアプローチで最適なものを作るしかないと考えている。
基礎技術としては既に世にあるものであり、ソリューションをわざわざ二重開発しているように見えるかもしれないが、これらを企業の競争力となる課題構造に当てはめる点に付加価値が存在する。企業で真に力を発揮するAIとは、企業の課題や問題の構造、企業の知識形態に寄り添うことである。ポイントとして先述した「可視化」や「検索」とは異なり、チャットでは課題に対して、より端的な答えを提供する必要がある。そういう意味では、独自に開発することが望ましいと考えている。
製造業では、競争力強化のために、PLMやCAEなど、さまざまなITツールを導入している。企業内では設計情報や生産情報とERPシステムとを連動させるような取り組みも広がっており、情報活用の高度化がますます進んでいる状況である。
ただ、筆者は、より身近な立場で「業務における必要なデータに的確にリーチする」という点が重要だと考えている。そのため本連載を通じて、身近な情報を自然言語AIの活用により読み解き、新たな価値につなげられるという点を訴えてきた。
これはサッカーに例えると「ボールを蹴る」「ボールを止める」という基本動作に近い。基本動作がしっかりとできてこその高度戦略である。企業の中にあるデータは、多くが自然言語に代表される非構造化データである。そこから価値を引き出すことに成功している企業はまだまだ少ない。これまで多数の企業を支援してきた経験から、AIを活用し、企業にあるデータをフル活用することが、企業の競争力を高める大きな一手であると筆者は考えている。
山本直人(やまもと なおと)
KPMGコンサルティング Advanced Innovative Technology ディレクター
大手コンサルティングファームにおいて、中央省庁および大手製造、小売り、流通業などで大規模基幹システム開発、ECプラットフォーム開発などでアーキテクトを務める。オープンソースソフトウェアの啓蒙普及のための分散処理技術のコンソーシアムにも参加し、社外セミナーでの登壇、記事の執筆を行っている。
KPMGコンサルティングにおいて、先端技術を活用してビジネス変革を推進するAdvanced Innovative Technologyチームに所属し、提案活動やエンゲージメントのリード、最新テクノロジーを用いた世の中にないサービスの研究を進めている。
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