交通事故に関しては、認知症の高齢ドライバーが……というニュースも珍しくない。認知症といえば「物忘れ」というイメージがあるが、物忘れは認知症のごく一部の症状でしかない。「認知機能」の障害は、記憶以外の認知機能全般の障害がみられる。
認知症に関連する脳機能変化は認知症発症前から兆候が現れ、記憶以外の認知機能の低下の例としては、ドライブ中の方向感覚がなくなる他、車庫入れに失敗するなど空間把握能力障害がある。また、注意力低下による信号無視もみられた。認知症のタイプによっては、認知機能が時間によって変動することが知られており、特に「注意力」の変動が顕著となることがある。
認知機能の根本をなすのは「注意機能」だ。注意機能障害は、さまざまな認知機能障害を起こす要因となり、「アルツハイマー型認知症は昔のことなどの記憶に関して失敗する。注意機能障害が起こると、話が入ってこなくなり、運転の問題が非常に高くなる」(松尾氏)としている。
運転中の注意機能は生理学的に分類すると3つに分かれる。高速道路で合流する場面であれば、前のクルマが迫っていないか判断する「警戒機能」が必要になる。光学的にいえばシャッタースピードに相当し、マイクロスリープの時はこの警戒機能が低下している状態となる。また、サイドミラーに映ったクルマを見ながら前方にも注意を払うなど、さまざまなところに注意のリソースを分配する機能も必要だ。さらに情報をまとめて、瞬時に適切な判断を行う「実行機能」がある。
これらの機能は脳の中で、別々のモノアミン神経伝達物質が主に担っているといわれている。警戒機能はノルアドレナリン、実行機能はドーパミン、分配機能にはアセチルコリンがそれぞれ関与しているという。アルツハイマー型認知症では分配機能に影響するアセチルコリンが低下するため、多方向に注意を払うのが難しくなる。
この他の疾患群でも、個人差はあるものの注意力の低下が指摘されている。自閉症では警戒の亢進(こうしん)と分散の困難(一点を注視してそれ以外を見られないなど)がある。注意欠陥多動性障害(ADHD)では分散の亢進によって、さまざまなところを見てしまい注意が散漫になる。
脳生理機能障害の視点から見れば、ヒューマンエラーを招く要因を単純に「睡眠不足」「疲労」「認知症」と断じることができないと分かる。例えば、眠気は体内時計と覚醒時間の両面から評価することが必要で、睡眠時間を管理するだけでは体内時計の影響を排除することが難しい。また、眠気を感じていなくても、疲労によって運転技能の一部が普段より低下することもある。認知症についても、発症前からの認知機能低下や、タイプによって異なる状況が見られる。
以上の状況を踏まえて、工学と医学が連携する医工連携により、運動を補助する新たな機材の開発が期待されている。それには、変動する認知機能を動的に把握する技術や、認知機能をサブカテゴリー化した上での評価や科学的根拠、有効性や信頼性も求められていく。
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