SUPER GT勝率5割のニスモ柿元氏、「結果が全ての覚悟」と「天“知”人」モータースポーツ(2/3 ページ)

» 2017年08月10日 07時00分 公開
[小林由美MONOist]

魔物が引いたスイッチ「天の時」

 勝負事には「天の時」が左右する。「何事も運の影響はあるものだが、勝負事では特に影響が大きい」と柿元氏は言う。さらにカーレースは屋外で行われるため気候の影響も受ける。レース当日の天候を正確に読むことは不可能で、路面がどのような条件になるのかは、まさに運に左右される要素が大きい。タイヤのグリップ性能は天候に顕著に左右され、タイヤ選定が明暗を分けることもある。

万全の体制でレースに挑んでも、運や天候が勝敗を左右する(出典:ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)

 運に大きく左右された例として、同氏はSUPER GTとスポーツランドSUGOに関するエピソードを紹介した。SUPER GTの報道では、よく「菅生(SUGO)には魔物が住む」といわれてきた。国内トップクラスのカーレースが多数開催されるスポーツランドSUGOだが、なぜかSUPER GTの開催に限って“あり得ない”ハプニングがよく発生するというのだ。

 柿元氏は、2010年にSUGOで開催したSUPER GT(GT500クラス)で発生した、まさに“あり得ない”出来事を紹介した。ポールポジションでスタートしトップを走っていたMOTUL AUTECH GT-Rが74周目にして突然エンジンストップし、60秒ほどロスして再スタートを切ったものの第6位まで転落してゴールしたという出来事だ。走行中に、なぜか勝手にカットオフスイッチ(キルスイッチ)が引かれて車両の電源が落ちてしまったことがエンジンストップの原因だった。

 車両クラッシュ時にはまず電源を切ってショートを防ぎ、火災に発展させないようにする。カットオフスイッチは緊急時に外側から車両の電源を切断するための機構で、何かしらの事情でドライバー自身で電源オフできない場合、レスキューが外から電源を操作するために設置されている。カーレースではレギュレーションでカットオフスイッチの設置が義務付けられている。またカットオフスイッチは容易に操作ができないよう、押しボタン式ではなくてワイヤを引き上げて操作するもので、かつ、結構固い。

カットオフスイッチの位置(出典:ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)

 しかも、そんなスイッチを引いた犯人が、「小さなタイヤの破片」であった。前を走行していた車両の後輪が、路面から跳ね上げたものだった。車内に設置したカメラの映像記録からそれが判明したのだという。しかし、小さなタイヤの破片をいくらうまく飛ばそうとしても、固いカットオフスイッチを引き上げるほどの力は、通常想定し得る条件をいくら考慮しても発生しようがない。「よほど角度が良かったのだろう……」と柿元氏は言う。それはまさに奇跡というか、“魔物の所業”としか言いようがないアンラッキーだった。

個性派メンバーのやる気と知見を引き出す「人の和」

 トップクラスのカーレースでは、富士スピードウェイのコース1周4.563kmを100秒くらいで走り、その中で0.1秒単位の差を競う。つまり、0.1%単位の誤差範囲の世界で戦っているということになる。またホイールアライメントにおいては、「たった1mmや0.02度の違いで、アンダーステアになるかのかニュートラルになるのかが決まってしまう」と柿元氏は言う。

 このようにカーレースでは、通常の生活では誤差と片付けられてしまうような、極めて微小な数字の差を競っている。そんな中、「勘、コツ、その場合わせ」が大事な領域になり、かつ技術を深堀していかなければならないと柿元氏は述べる。技術を深堀していくためには、徹底して分業していく。さらに、「カーレースの世界では個性が強い人が多く、そのような人たちの力をうまく1つに結集させることはなかなか難しい」と柿元氏は述べる。

 「技術の知見は非常に大事で不可欠。徹底した分業制であるがゆえにチームワークがより必要、つまり全体として力を発揮する必要がある」(柿元氏)。

 ニスモがカーレースに参戦するためには、日産自動車 代表取締役 社長兼CEOのカルロス・ゴーン氏からゴーサインが出なければならない。またゴーン氏の思想について、「納得のいく、利益至上主義」と柿元氏は表現する。ゴーン氏は、グローバル企業における多様な価値観をまとめる中、数字を共通言語としている。考え方の違いから誤解が生じないよう、ビジネスプランは徹底して数字で表現する。

 「数字とはすなわち、利益」(柿元氏)であり、ニスモに対しても当然、結果、つまり「勝つこと」を厳しく要求してくるという。ただしゴーン氏は「いかなる時も絶対に勝て」と強いるのではなく、「チャンスが来たら勝て」と言ってくる。「表彰台に登壇するチャンスが来たら、確実にそこに乗れ」と。「レースの現状を正確に踏まえた考え方なので、われわれもやる気が出る。ゴーンさんは自分たちのことをよく理解してくれているから、『何とかしよう』と思える」と柿元氏は述べる。

 「天の時」を無視して利益を厳しく追求してしまえば、当然、人はそこについてこない。リーダーがメンバーの納得のいく方針や目標を提示することで、皆のやる気を強く促していくことも、「人の和」を作る大切な要素であるというわけだ。「勝率5割の実績を出せたのには、皆がやる気になれたこともあったと思う」(柿元氏)。

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