一方、従来の解析で大きな課題となっていたのが、メッシュ作成に掛かる時間の長さだった。エンジン形状は非常に複雑な上、内部でバルブやピストンが移動する。その都度、形状に沿ってメッシュを切り直さなければならない。その作業に数週間から数カ月掛かることもあり、解析をする上でボトルネックになっていた。そのためメッシュ作成の問題を解決することが実用的なCAEソフトを作る上で必須だった。
そこでHINOCAでは、直交格子と埋め込み境界(Immersed Boundary:IB)法が採用されている。通常、複雑な形状には非構造格子が採用されるが、HINOCAでは等間隔の固定の直交格子でメッシュを切る。直交格子を等間隔にすることによりセル数は増大するが、コードが単純になるため計算をシンプルにできる効果がある。またコードの可読性の向上は、CAE教育の面でもメリットになる。
境界条件に埋め込み境界法を使用するのと合わせて、物体形状のフォーマットにはSTLを採用する。STLは三角形の頂点と三角形の法線ベクトルをデータとして持っており、これがHINOCAの方式では都合がよいためだ。またSTLは全てのCADで出力できる点でも利便性が高い。HINOCAでは格子がSTLの三角形の面と交差しているか、それとも形状の内側または外側にあるのかを自動で判別する。形状の外側にあるセルは流体領域として計算し、物体表面と交差するセル(IBセル)には境界条件を与えながら計算を進める。物体境界および流入・流出境界などを全てIBセルの境界として扱うことで、全ての境界条件を統一的なフォーマットで扱うことができ、処理をシンプルにすることが可能だ。
STLデータはシリンダー表面、入り口などの境界条件の異なる部位ごとに分割する。またHINOCAとともに開発中の前処理ソフトウェアによって、並列計算のための分割を実行する。「(従来手法では)数週間から数カ月掛かっていた作業が5秒で終わる」(溝渕氏)。このファイルをHINOCAで読み込めば自動的に計算を開始する。また画像処理に関する技術を利用することで、毎時移動するIB情報の検索に掛かる時間がほとんどなくなったという。
サイクル変動の計算については、ラージエディシミュレ―ション(LES)と呼ばれる数値シミュレーション手法で対応した。LESは計算格子で対応可能なサイズの渦は捉え、それよりも小さい渦はモデル化するという手法になる。これを用いることで、壁近傍を容易に計算できるという。また壁近傍においては壁関数を適用できるようにした。セルを十分に細かくすることは現実的ではないため、壁近傍の境界層の解像度にはこだわらず、代わりに壁関数モデルを使うことで対応する。
溝渕氏はHINOCAによるモータリング計算や、検証において一般的に利用されるモデルを使った解析結果を紹介した。検証モデルでは、JAXAが開発した高速の非構造格子に対応する圧縮性流体解析ソルバー「FaSTAR」と比較して、計算結果がほぼ同じであることを確認した。また実験データおよび欧州で使われているソフトウェアと幾つかかの地点における流速を比較して、近い結果になったことも確認したという。
現在、噴霧、点火、火炎伝播、熱損失のサブモデルを搭載し始めて、吸気から燃料の噴射、混合気の形成、圧縮、点火、火炎伝播、排気までのサイクル計算が可能になったところだという。
圧縮性に関しては、衝撃波の形成や細かい渦構造なども確認できた。ただしメッシュを非常に細かく分割しているため計算に時間がかかっている。現在のハード性能では現実的ではないものの、数年後には使えるレベルになるだろうという。
HINOCAでは格子生成時間をほぼゼロにすることに成功し、移動場も容易に計算することができた。今後は精度検証のため、データの取得および比較を進めていくという。また現在は一般のサブモデルを搭載しているが、SIPでは超希薄燃焼を最終ゴールとしているため、それに対応できるようなサブモデルを搭載していく。
またモータースポーツのような高負荷エンジンにおいては脈動が重要になるが、HINOCAは圧縮性ソルバ―なのでその点は対応できるとしている。ただし計算速度に課題があるため、その点はより向上させたいとしている。高速化については必要なところだけ細かくすることで処理量を減らす工夫も可能だという。また現在、設定ファイルは人が入力しているため、入力ミスが起こる可能性がある。そのため計算入力のサポートや入力パラメータの確認ができるようなGUIの開発を進め、利便性を高めたいとしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.