車載システムの開発に不可欠なものとなっているHILSについて解説する本連載。今回は、実験データを利用する統計モデルによる「プラントモデル」について考えてみましょう。
前回に続けてプラントモデルについて考えます。今回は、実験データを利用する統計モデルによるプラントモデルを考えてみましょう。
HILSプラントモデルに適用するエンジンの統計モデルとは、どのようなものでしょうか。エンジンプラントモデルの本質は、入力にスロットル開度と燃料噴射量、点火時期を与えるとエンジントルクを出力する機能です。物理モデルが、エンジンの構造から導き出した物理則に基づいてこの機能を実現するのに対して、統計モデルは実験データを使用して実現します。
つまり、実験により、スロットル開度などの入力に対応する出力トルクとの関係をマップデータや実験式の形でプラントモデルにするものです。
物理モデル、統計モデルを問わず、出力トルクが得られれば、トルクを慣性で割り算することで、回転加速度、回転速度が得られます。慣性値は、正確な部品仕様が得られれば計算できます。しかし、仕様が得られない場合は、これも統計モデルとして実験から得る必要があります。エンジントルクのデータは、通常のエンジン開発試験で得られますが、慣性質量は通常の開発試験で得られません。統計モデルに必要なデータを得るための特別な実験が必要です。
ECU(電子制御ユニット)は通常、エンジン回転数が一定の条件下で、あるスロットルレバー位置に対しての燃料噴射時期/燃料噴射期間とイグニッション時期を最適値に制御するので、エンジンが出力するトルクは、スロットルレバー位置を決めればある値に決まります。ここで、燃料供給量は、スロットルレバー位置とおおむね比例する関係となります。
そこで、エンジン性能データを得るには、図1に示すようなエンジンテストベンチでエンジンを運転して、エンジン特性を測定します。テストベンチの運転方法はいろいろありますが、最も基本的な方法は、エンジンをあるスロットルレバー位置で運転しておいて、動力計を目標エンジン回転数になるように負荷トルクを調節して、回転数とともに燃料供給量と出力トルクを測定します。
スロットル開度は空気量制御の、燃料噴射パルスの噴射開始時期と終了時期は燃料供給量制御の直接的な信号となりますので測定が必要です。イグニッション時期は、エンジンキャリブレーションに欠かせない制御値です。エンジン出力への影響は、燃料供給量ほどではありませんが、できれば同時に測定します。
エンジン性能測定結果から、エンジン回転数ごとに燃料供給量に対応するエンジントルクをプロットすると図2(a)になります。ただし、これではエンジン性能の良否が分かりずらいので、一般的には等燃費曲線というエンジン回転数とエンジントルクの座標上に燃料消費率(g/kWh)という燃料消費量(g)を出力×時間(kW×h)で除した値をプロットした図2(b)に示すマップに表されます。
このマップはHILS向きではありません。というのも、HILSプラントモデルでは、ECUの出力信号、またはECU出力を得たアクチュエータの状態から、エンジンの出力トルクを直接的に得られる必要があるからです。
そこで、同じ実験データを基に、燃料供給量から気筒ごと1サイクルごとの燃料噴射量を求め、図2(c)のエンジン回転数を横軸、燃料噴射量を縦軸にしてエンジントルクをプロットしたマップなどを適用します。このマップを使うことにより、燃料噴射量を入力とし、エンジントルクを出力とするエンジン物理モデルと同等の機能を実現できます。
※注1:連載第1回で、発電機システムのエンジン出力を1kWとしましたが、今回の例としては小さすぎるため、出力を10kWに変更しています。
燃料噴射量は、エンジン回転数が変化しない定常状態ではスロットルレバー入力に対応しますが、より直接的には噴射期間に対応します。エンジンテストで噴射パルスから噴射期間を計測することにより、燃料噴射期間と噴射量との関係を求めることができます。燃料供給圧や燃料温度も噴射量に影響を与えますので、これらの影響を反映することによってプラントモデルの精度をより高めることができます。
HILS上で動作するECUの燃料噴射パルスを測定すれば、このインジェクターモデルによって燃料噴射量が得られ、さらにエンジン本体のモデルによってエンジントルクを得られます。
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