図面寸法で、穴の直径が2mm以下の場合、わずか0.02mm、頭髪の太さ10分の1の寸法が変わると違うねじ金型になってしまうそうだ。
ねじ金型の製造には約30の工程があるが、最後の仕上げは手作業で行われる。機械加工では出せない微妙な調整を施す工程だ。
図面の寸法通りに仕上げれば、お客さんのニーズには応えられるだろう。けれど本当の要求を満足させることはできない。モノづくりの効率化は、どこかに限界がある。最後は、職人の技術が必要とされるというのが、敬雄氏の意見だ。
仕上がりの要求精度は、最終の検査で測定する。磨いたときに、仕上がりに差があってはならない。
品質を一定に保つために、職人が自分の力やクセに合わせた道具を用意している。粒の荒さや形状が異なる研磨剤と、力加減を調整するためにしなり具合が違う竹串や編み棒などを組み合わせ、ねじ金型ごとに道具を作るのだ。
こうした技術は、上の世代から若い人たちに受け継がれていくものだ。
だから同社は、人材育成にも力を入れている。以前は、社員が出社してもあいさつをきちんと交わさない、単にそれぞれが自分の仕事だけをこなしている状況だったそうだ。
最初に3S(整理、清掃、整頓)活動を社内に提案した時は、「社員に受け入れられるだろうか」「続けられるか」と不安があったそうだ。結果的には、リーダーとなる社員がしっかりと実践してくれて、社内に定着した。
今は、社員を4チームに分けた改善活動も実施している。第1、3水曜日に1時間半かけてミーティングを行い、ビフォーアフターの議事録をつけているそうだ。
継続していくうちに社内の空気が変わった。会社の敷地内にあるかつて敬雄氏の住居であった建物を社員食堂として開放。昼休みは重たい安全靴を脱いで、みんなでくつろいで食事ができるようにした。
食堂の壁には、年度ごとに改善活動チームの写真が貼り出されている。改善活動をはじめたころの写真と、今を比べると社員の表情は明るくなっている。以前は経験者の中途採用ばかりだったが、5年前から新卒雇用に切り替えたそうだ。
「モノづくりが好きな人に来てほしい」と敬雄氏はいう。
ねじ金型の製造は、モノづくりの中でも縁の下の力持ち的な位置付けになる。自社のねじ金型で製造された部品が組み込まれた商品が、世界中で大ヒットしたり、メディアで注目されることがある。
そんな時は、たまらなくうれしい。
残念なのは、機密保持契約があるためにねじ金型を製造している社員に「このねじはな、○○○で使われるんや」と言えないことだ。製品が世の中に出てから、取引先に許可を得られれば伝えられる場合もあるが。
ねじ金型は、本当に縁の下の存在なのだ。
敬雄氏の夢は、自社の技術を海外でアピールすることだ。長年培った技術を、世界で生かしたい。「将来は、ドイツの展示会に出展したいですね。自社のねじ金型を工業製品の品質基準が高いドイツで認められたい」(同氏)。
ねじ金型の小さな穴から、大きな夢を見据えている。
雑誌の編集、印刷会社でDTP、プログラマーなどの職を経て、ライターに転身。三月兎のペンネームで、関西を中心にロボット関係の記事を執筆してきた。2013年より電子書籍出版に携わり、文章講座 を開催するなど活躍の場を広げている。運営サイト:マイメディア
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