スパコンで解析をする際は、コア数が増えても負担にならないオープンソースコードを使うという選択肢もある。だが企業導入数でいえばオープンソースコードは少数派であり、普段使用しているソフトウェアを変更することは非常に難しい。佐々木氏らは現在使っている商用アプリケーションが使えなければ、企業によるスパコンの活用は増えないと考え、ソフトウェアベンダーに対して、スパコンで容易に利用できるような仕組みを作るための働きかけを始めた。
「そんな中で協力を申し出てくれたのが、エムエスシーソフトウェアの加藤毅彦社長、CD-adapcoの羽部篤社長、エーイーティーの田辺英二社長でした」(佐々木氏)。その結果2012年度には、流体解析の「StarCCM+」と構造解析の「MSC Nastran」、非線形構造解析の「Marc」、電磁界解析の「CST STUDIO SUITE」について、東工大がライセンス費用を肩代わりし、ユーザーに無償でライセンスを提供する「商用アプリバンドル型トライアルユース」の形を作り出したという。
「これらがユーザーの方に喜んでいただけて、TSUBAMEの利用者が増加しました。ユーザーが求めることをしっかりと考え、『使えるスパコンを提供できる』という立ち位置を取ったのがわれわれの戦略です」(佐々木氏)。この取り組みはまた、現在のCAE利用のクラウド化を先取りした形でもあったといえる。なおアプリバンドル型の無償利用の原資であった文部科学省の「先端研究基盤共用・プラットフォーム形成事業」は2015年度に終了しており、現在はHPCリソースを持つ研究機関・大学が連携するHPCI(High Performance Computing Infrastructure)を介して提供する無償利用が提供されている。TSUBAMEにおいて現在無償で利用できるソフトウェアは、産業利用のライセンスを購入している電磁界解析のCST STUDIO SUITEと、サイトライセンスとして産業利用を許容している量子化学計算の「Gaussian」になる。
なおTSUBAMEのリソース全体(学術利用も含む)で利用実績のある商用アプリケーションおよびコミュニティーコードの利用量を集計したところ、分子動力学、量子化学およびバイオ系のアプリケーションの利用が5割で、熱流体、構造、電磁界、その他と続いた。ナノおよび生命分野における活用が盛んなことが分かる。製造業においても、今まで経験に基づき生産、利用していたような材料の性質を理論面から分子レベルで検証することで、製品開発や製造の効率化につなげたいという考えがあるようだ。具体的には光学物性や塗膜、熱電変換材料、畜電池材料といったテーマがTSUBAMEを利用して取り組まれている。
一方「企業の方が気にするのは、やはりセキュリティ面ですね」と佐々木氏はいう。大学のセキュリティ面における方針と企業の考え方が、場合によっては一致しないこともあるようだ。そのあたりに関しては、メーカー側の現場マネジャーが訪問して、データの置かれる環境などを実際に見て確認してもらうのが一番ではないかという。「実際に来てもらうことで、パンフレットだけを見て考えるより、イメージを明確に持っていただけると思います」(佐々木氏)。
各大学や研究機関のスパコンは連携しており、会社から近いスパコンや実施したい計算に合ったものを紹介してもらうことも可能だそうだ。スパコンが「手の届く」ツールになっている今、モノづくり改善のきっかけとして利用を検討するのもよいだろう。
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