従来のモノづくり手法について再考を迫られる日本製造業における設計・開発のHPC活用について、さまざまな観点から講演を展開
@IT MONOist編集部は2010年7月9日、「@IT MONOist メカ設計フォーラム主催セミナー HPCが元気にする! ニッポンの製造業と設計開発」を東京・品川で開催した。当日は多くの方々が来場し、セミナーは盛況のうちに幕を閉じた。本稿では、基調講演と各セッションの模様をレポートする。
科学技術分野(研究部門)で活躍してきたHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)だが、本セミナーでは、従来のモノづくり手法について再考を迫られる日本製造業における設計・開発(事業部門)のHPC活用について、さまざまな観点から講演が展開された。
基調講演『モノづくりの現場でHPCは本当に役に立つのか』では、東京大学 生産技術研究所 革新的シミュレーション研究センター長 加藤 千幸(ちさち)教授が、製造業の設計開発におけるHPC導入の際の課題について述べた。
まずは、国内最速とうたわれたコンピュータの歴史的変遷に触れた。1980年代初め、加藤教授が日立製作所に入社してしばらくしたころ、世の中にベクトル型スーパーコンピュータ(以下、スパコン)が登場した。当時で最速といわれたスパコンは、1G(ギガ)FLOPS程度だったという。
やがて1990年前後には、10GFLOPS級のスパコンが国内に登場した。その約10年後の2002年に稼働開始した「地球シミュレータ」は、40T (テラ)FLOPSまで達した。そして、2012年に本格運用開始する予定の次世代スパコン「京(けい)」は、ついに10P(ペタ)FLOPS級に。PFLOPS台に及べば、流体における乱流渦の直接計算も可能になるとのこと。「10倍ぐらい変わってもあまり変化は感じられないけれど、1000倍ともなると質的な変化が生じるものです」(加藤教授)。
つまり日本国内の計算機性能は過去20年間で100万倍に向上、10年では1000倍というペースで計算機の性能が向上していることになる。
設計現場がHPCに期待するところは、やはり、高速計算の能力。超高速数値計算による最適設計で革新的製品を誕生させること、解析で試作を代替しコストダウンを図るなどを挙げた。もう1つ大事なこととして、新しい現象や材料の発見をすることによる性能や信頼性向上も挙げた。
モノづくりの現場におけるHPC適用例として、トヨタ自動車や、富士通アドバンストテクノロジおよび山洋電気との共同開発、次世代材料の開発、創薬など多岐にわたる事例を紹介した(下図)。*以下の例は現在のスパコンですでに実現できていること。次世代スパコンではこの数100倍詳細な解析や数百分の1の計算時間での計算時間で解析が実行可能とのこと。
次世代スパコンの運用開始が近づきつつある日本において、HPCの普及状況は、いま大きな分岐点を迎えていると加藤教授はいう。その分岐点から正の方向へいくか、負の方向へいくかは、産業界や研究機関の努力次第だと同教授。
それには、とにかく「HPCの活用事例を増やすこと」に尽きるという。成功事例がなければ、産業界はHPCへの投資を見送り、やがて市場は縮小。そしてハードウェアベンダもHPCから撤退。ついに、政府は金輪際、予算を付けなくなってしまう……。HPC業界が、そんな“最悪なシナリオ”をたどらないためには、どうしたらいいのだろうか。
「コンピュータの性能は10年で1000倍といわれているけれど、いまわたしたちがやっていることは以前とあまり変わっていないじゃないか」。――加藤教授は、よくこんなことを耳にするという。HPCには華々しい研究事例の数々が存在するが、果たして、これが製造業の設計・開発現場に、“本当に”適用できるものなのか? 加藤教授は問う。
現在、HPCは一部の企業(大企業)の研究所で利用されているにすぎない。事業部門ではせいぜい4コア程度の計算でCAEを実施していると加藤教授はいう。しかし、事業部門で本格的にHPCが使われなければ、分岐点から正の方向へ向かうことはない。「『10年で1000倍』は、うそではありませんが、(それにより)産業界の設計の在り方を変える成果が出せるのかどうか。それが重要です。成果が出せなければ、負のスパイラル……衰退の方向です。そうなっては欧米諸国にも勝てません」(加藤教授)。上記では、トップランナーとして成功事例を紹介したが、そういう人たちが成果を出しても、日本国内で広く使われないと、結局HPCが普及しない。
加藤教授は、産業界においてHPC普及が阻害される要因として以下の課題を挙げた。
加藤教授は上記課題に対する策として、以下のような産学連携プロジェクトに取り組んでいる。
文部科学省の「イノベーションソフト・プロジェクト(通称)」や「次世代スパコン戦略プログラム」では、大学研究で開発されたソフトウェアや設計システムを含めた日本独自の次世代モノづくり用の標準的なプラットフォームの構築を目指しているという。こちらには熱、流体、構造、バイオなどさまざまな解析分野が含まれる。10万CPU(100万コア)規模の次世代スパコンに対応したソフトウェアで大規模計算ができるだけではなく、材料物性値のデータベースや解析テンプレート、データベースなども併せて提供するという。そのための基盤として、平成22年6月までにプロトタイプソフトウェアを開発しすでに公開したとのことだ。
また、このプラットフォームを使い人材育成や、産業界のためのベンチマーク環境提供など考えているという。これから誕生する次世代スパコンや全国の主要なスパコンには、このプラットフォームをプリインストールし、運用管理していくとのことだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.