コンピュータ開発にキャリアの全てを注ぎ込んだ渡辺氏。年齢を重ねるごとに、求められる役割も変わってきたという。プレイヤーとして設計開発に携わったのは30歳半ば過ぎがピーク。そこからはそれまでの経験を生かしながら、全体をマネージメントする仕事が増えてきた。
「スパコンは発明品ではありません。そうではなくて総合力。これまで育んできた技術や経験を集めてつくるもの。1人でつくれるものではありません。
『京』の開発でも、私は古い人間なので、細かいところはほとんど皆さんに任せています。プロジェクトが間違った方向に行っていないか、ちゃんと開発が進んでいるかとチェックすることが仕事ですから。
そういう意味で、現場の人たちの力こそが、今回の成功要因だと思います」
技術者としてのキャリアを全うしてきた渡辺氏が若者に送るアドバイスは、「キャリアを上手く築いていこうと思わないこと」。自分にしっかりとしたバックグラウンドさえあれば、一時期はパッとしない時期があっても、認めてくれる人は絶対に現れる。「私自身も落ち込んでいた時期はある」と語りながらも、渡辺氏は「最後はどれだけ自分に能力があるか。目標を達成するために熱意があるか。自分の持っている能力なり運なりがあれば、目標は達成できると思うのです。努力して、不遇の時は忍耐が大事」と助言してくれた。
これから就職活動を迎える理系学生。渡辺氏は社会に出ようとする若者に、次のような視点で就職先を考えてほしいと望んでいる。
「私は会社に入ったとき、社長になろうとか偉くなろうとか、まったく思っていませんでした。自分の能力なり技術なりが正当に評価されて、持っているものを発揮できれば、それで満足だったのです。
どういう人生を送りたいかは、人それぞれ。『これが良い』とは誰にも言えないでしょう。
でも、技術者として自分の能力を活かしたいのだったら、能力を発揮できる会社、能力を評価してくれる会社を選ぶべきでしょう。入社する会社が発展するかどうかなんて、気にする必要はありません。今の世の中は転職も比較的容易ですから、『この会社は安泰か』と気にするよりも、『自分の技術が生かせるかどうか』で会社を選んでほしい。今の子たちには、そういう観点で就職先を選んでほしいのです」
独立行政法人理化学研究所 計算科学研究機構 特別顧問 博士(情報科学)
渡辺 貞
1944年生まれ、北海道出身。東京大学大学院工学系研究科の修士課程を修了した後、1968年に日本電気株式会社(NEC)に入社。コンピュータやスーパーコンピュータの開発に従事し、スーパーコンピュータ「SXシリーズ」「地球シミュレータ」などの開発プロジェクトに携わる。2005年までNECで勤め上げ、翌年8月より独立行政法人理化学。研究所に参画。次世代スーパーコンピュータ開発実施本部のプロジェクトリーダーを務めた。
電子情報通信学会、情報処理学会、日本計算工学会、各会員
主な受賞歴にACM/IEEEエッカート・モークリー賞(1998年)、シーモア・クレイ賞(2006年)など
写真撮影:門脇 勇二
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