中小企業で強く生きるために、専門知識やスキル、幅広い知識を持つ「T字型人材」を目指そう。今回は、企業の戦い方、競争の仕方(企業戦略)の基本を学ぶ。
T字型人材とは、誰にも負けないような専門知識やスキル(T字の縦線に相当)を持ち、なおかつ幅広い知識(T字の横線に相当)を持つ人材のことです。中小企業のエンジニアは、大企業のエンジニアと比べて専門知識が抜きん出ている必要があります。さらに、たくさんの業務を受け持つ傾向があるため、幅広い知識も必要なのではないでしょうか? つまりT字型の人材を目指す必要があるといえます。また、経営者と距離が近いため、幅広い知識の中でも経営の知識を身に着け、経営者と同じような考え方を身に付けることも必要です。
そこで本連載「目指せT字型人材! 中小企業エンジニアのスキルアップ」では、6回に渡り中小企業のエンジニアや経営に携わる方が最低限知っておくべき企業経営の知識について紹介します。第1回は、「戦略」、つまり「企業の戦い方、競争の仕方」について説明していきます。
「戦略」。ちまたの本屋さんに足を運ぶと、この言葉がタイトルに含まれる書籍はたくさん出ています。多少、心に響くカッコイイ言葉かもしれません。あらためてこの戦略という言葉の意味合いを考えてみると、「どのような戦い方をして目的を達成しますか」、ということになります。もともとは軍事用語ですが、企業の経営に応用されています。モノづくりやサービスのノウハウを持った企業が、自分たちの理念を達成し存続していくためには、ただやみ雲に、活動することが理にかなっているといえるでしょうか? そんなことをすると、あっという間に無駄が発生し、下手をすると倒産しかねませんね。
企業の経営において戦略を考えていくには、決まった手順があります。はじめに、企業を取り巻く経営環境を考えます。
企業の戦略を考えるはじめの一歩は、企業を取り巻く経営環境を把握することです。経営環境を内部環境と外部環境に分けて分析します。内部環境は「強み(Strength)」と「弱み(Weakness)」があり、外部環境には「機会(Opportunity)」と「脅威(Threat)」があります。有名なSWOT分析ですね。では、下記の企業の事例を基に経営環境を分析してみましょう。
東京都大田区のA社は、プラスチックの射出成形用金型に取り付けられるノズルなどを製造・販売する精密機械器具メーカーである。このノズルは、溶けた樹脂を金型に充填するための装置で、「バルブゲート方式」という特殊な構造によって、原材料を節約しながら高速成形することが可能である。メンテナンスも容易であることから評判がよく、市場占有率は高い。このノズルは、A社の売上の8割を占め、対象市場は、プラスチック射出成形市場全体の1%程度しかない。
取引先の自動車・家電メーカーがアジアなどへ進出し、国内市場が縮小する中、同社は、生き残りをかけてタイへの進出を決断し、2009年にアマタ・ナコーン工業団地内の中小製造業向け賃貸工場「オオタ・テクノ・パーク」に入居した。金型のメンテナンス事業を立ち上げるとともに、金型の受注代行業務やノズル部品の生産も行っており、2011年に発生した洪水による被害もなく操業を続けている。
「大田のモノづくりは文化だ。モノづくりを残したい」という強い信念を持つA社では、製品コピー防止のために、製品の心臓部は、日本で製造している。さらに、中国江蘇省蘇州市の金型メーカーとの提携の下、本業であるノズルの生産加工に加え、金型のメンテナンスサービス、金型の受注代行という3事業の相乗効果によって、タイでの注文が増えれば日本でも仕事が増える仕組みを構築し、日本国内の雇用を維持している。
上の事例を基に、縦方向に「強みと弱み」を、横方向に「機会と脅威」をまとめたのが図1です。
以下の点を念頭に置き、図1の肌色の部分を考えていきます。これが戦略の候補になります。
では、次にこの戦略の候補をさらに深堀して考えてみましょう。
ここで、「誰に」「何を」という視点で戦略について考えていきます。違う言葉で表現すると、「市場」と「製品」の視点ですね。
図2の分析は、アンゾフの成長ベクトル(アンゾフのマトリクス)と呼ばれているもので、企業が成長するための方向性(成長戦略)を考えるものです。
既存市場への既存製品・サービスの路線を取ることを「市場浸透」といいます。SWOT分析で上げた戦略候補の中では、「バルブゲート方式のノズルを国内展開する」が、この領域に当てはまりそうですね。
新製品・サービスを既存市場に投入する方向性は「新製品開発」と呼ばれます。「バルブゲート方式のノズルを中心に、メンテナンスなどを国内展開する」が、この領域に当てはまります。
さらに、既存製品・サービスを新市場に提供することを「新市場開拓」といいます。事例企業のA社の場合は、「海外事業展開」がこれに当たるでしょう。
最後に、新市場に対する新製品・サービスの投入です。この方向性は「多角化」と呼ばれます。多角化は、限られた経営資源(ヒト、モノ、カネ、ノウハウ)の有効活用という意味では、あまり効率的でない経営手法です。A社の例では、「アジア進出しメンテナンスまで含めて取引先をサポートする」というのがこの領域に当てはまると考えられます。
では、なぜ事例企業のA社は、この多角化に近い路線で成果を上げることができたのでしょうか。その点を考えるために、2次元のアンゾフマトリックスに、技術という軸を1本足して3次元化してみましょう(図3)。
A社の独自性のある技術は、「バブルゲート方式のノズル」です。この技術を生かして「どんな顧客に対して、どんな価値を提供するか?」と考えていきます。左の図のようなイメージです。「アジアに進出しメンテナンスまで含めて取引先顧客をサポートすることは、一見すると多角化しており経営資源の無駄を生んでしまいそうです。しかし「独自性がある技術が生きるか」という視点で考えると、合理性があります。
結論ですが、A社の成長戦略は「アジアに進出した日本企業や現地顧客に対して、金型の受注代行業務やメンテナンスサービスを含めた総合価値を、バブルゲート方式のノズルで培った技術を生かして提供すること」です。これが実際にA社の採用した戦略で、つまりA社の事業の生存領域ということになります。
さて、これでこのA社が、経営資源を重点的に使わなければいけない領域が明らかになりました。次はこの領域中で、どのような仕組みを作りライバルと戦っていくかを考えます。
競争戦略とは、経営資源の配分が決まった後に、どういう戦い方でライバルと戦うか、あるいは顧客の維持・獲得をしていくかというものです。経営の中での位置付けとしては左の図4のようになります。成長戦略を立てて、経営資源をどこに重点的に配分するかを考え、競争戦略を考えた後に財務、生産など、企業の個別の機能がどうあるべきかを考えていきます。競争戦略に関しては、競争戦略に関しては、経営学者のマイケル・ポーター(Michael Eugene Porter)氏のものが有名ですが、ここではポーター戦略論を少し拡大した「キャプラン&ノートンの4つの競争戦略」を紹介します。
今回は、経営戦略について説明しました。戦略は確かに大切です。ただ、経営は戦略を決めれば、それでおしまいでしょうか? もちろん、そんなことはありませんね。戦略から経営計画に落とし込み、毎日の経営活動として実行します。そして、大きな経営環境の変化が発生した場合には、経営計画そのものを見直していきます。戦略とは、「企業活動をする上での、大きな方向性である」と考えてよいと思います。今回取り上げていない財務などの個別の企業の機能については、次回以降で解説します。
藤井 無限(フジイムゲン)
九州大学芸術工学研究科卒業後、大手システムインテグレーターに就職、持ち前のベンチャー気質から、20代で創業間もないベンチャー企業に転職、会社は急成長をとげ株式上場を経験する。株式上場後にマネジャーに就任するが、マネジャーとしては失敗し、その悔しさと問題意識、創業企業に対する熱い思いから、中小企業診断士を志し、平成22 年に中小企業診断士登録。現在、企業内診断士としてWebシステム構築運用を行う一方、診断士試験受験予備校講師、Web マーケティングを中心とした中小企業支援、執筆の分野で幅広く活動している。
筆者ブログ「海賊王に、また俺はなる」
「MPA」は総勢70人以上の中小企業診断士の集団です。MPAとは、Mission(使命感を持って)・Passion(情熱的に)・Action(行動する)の頭文字を取ったもので、理念をそのまま名称にしています。「中小零細企業を元気にする!」という強い使命感を持ったメンバーが、中小零細企業とその社長、社員のために情熱を持って接し、しっかりコミュニケーションを取りながら実際に行動しています。
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