売り上げ見込み、供給能力の把握……、タイムリーな情報が必要なのは現場や経営者だけではありません。都度の経営環境を左右する「情報開示」で右往左往しないために打つべき手は?
第一部連載「S&OPプロセス導入 現場の本音とヒント」では、いま製造業の現場で各部門が抱えている悩みと、解決の糸口を得るまでを紹介してきました。本稿を含む第二部「リサーチペーパーでひも解くS&OP」では、第一部の課題を解決すべく、各部門の視点から見たS&OPプロセスの意味、効果を検討していきます。以降、本編はリサーチペーパーの形式で紹介していきます。
S&OP-Japan研究会メンバーが創作した100%フィクションの物語と、各分野の専門家、現場のプロの解説によって構成されています。連載に登場する人物は解説で言及するものを除き、特定の個人・企業・団体に関係するものではありません。
2011年度の決算発表の時期を迎え業績予想を非開示にする企業が増えていることが話題になっています。今回はこの業績予想の開示が抱える問題点とそれに対してS&OP導入がどのように貢献できるか考えてみたいと思います。
本テーマについては以前に「セールスアンドオペレーションプランニングの方法論(2)」で松原恭司郎氏が論じられていますが、昨今業績予想の開示を取り巻く環境に変化があったため再び取り上げてみたいと思います。
業績予想の開示とは、毎四半期の決算短信の開示に併せて当期の業績予想を開示する制度です。
よく「某会社の今期の業績見込みは、売上高xxx円、当期純利益xxx円の大幅な増収増益の見込み」などという報道があります。これは企業が業績予想の開示として発表している情報が基になっています。
業績予想の開示は企業自らが今後の業績がどうなるかを発表する情報であり、なかなか企業の内部状況などの詳しい情報を得にくい投資家にとって、その企業の経営状況を判断する有力な材料となっています。
* 決算短信とは 全ての上場企業が決算発表時に作成・開示する情報です。企業の業績や財政状況を東京証券取引所が定めた共通の形式で開示することが求められています。
この業績予想の開示は、企業の今後を知りたい投資家にメリットがあるのはもちろんのことですが、企業側にも大きなメリットがあります。
よく経営者のインタビューなどで「自社の株価が実力に対して適正に評価されていない!」という話を聞きます。
仮にその企業にしっかりとした実力があって市場が適正にその実力を評価していないのであれば、その企業の実力が正しく投資家に伝わっていないことが原因だと考えられます。
では企業の実力を正しく投資家に伝えるためにはどのような情報を提示すればよいのでしょうか。過去の活動の結果である決算情報を詳細に伝えればいいのでしょうか。
投資家からすれば、いくら過去に大きな利益を出していたとしても、将来利益を出す保証にはなりません。投資家はあくまでもその企業が将来利益を出せるのかに注目しています。すなわち、企業が将来どのくらい利益を出せる見込みなのかという情報が、正しく投資家に実力を評価してもらうための情報だといえます。
そこで、信頼性の高い業績予想を投資家に対して開示することは、企業の価値を市場に適正評価してもらうという観点からも有効な手段であり、業績予想の開示は企業側にもメリットがある制度といえます。
世間の注目度が高く重要性の高い業績予想の開示ですが、なぜか最近は非開示の選択をする企業が増えています。
その理由は東京証券取引所が2012年3月期の決算短信から開示方法を変更したためです。今回の制度変更では次の2点がポイントとなります。
(1)非開示の理由を申告する必要がなくなった 従来は業績予想の開示を行わない場合、東証に対して事前相談や開示を行わない理由を示す必要がありました。このルールのため、実質的には開示が強制されていたのに対し、事前相談や理由の開示が廃止されたため、開示・非開示が企業の自由となりました。
(2)開示項目や対象期間の自由度が高まった 変更前は開示する項目や対象とする将来の期間などが全企業同じでした。今回の制度変更で、開示する項目や対象とする期間などが企業の実態に合わせて自由に設定できるようになりました。
変更前 | 変更後 | |
---|---|---|
開示の強制 | ほぼ強制 | 推奨 |
開示する項目 | 全企業同一の項目 | 自由 |
開示の対象となる将来の期間 | 原則として当期 | 自由 |
なぜ世間の注目度が高く、投資家が重要視している業績予想の開示制度を東証はわざわざ非開示企業が増える恐れのあるような仕組みに変更したのでしょう?
そこには従来の業績予想の開示制度に対する企業の不満が挙げられます。
開示の強制 合理的に将来を予測できない企業にも開示が強制されている
達成への誤解 業績予想で開示した情報は現段階での見通しであるにもかかわらず、市場から業績に対するコミットメントと見なされ、達成できなかった場合の株価への影響が大きい
上場会社の負担 業績予想の開示で求められている項目や期間が、社内の経営管理で使用している項目や期間と異なる場合、新たに業績予想の開示用に数字を作成する必要があり負担となる
このように、従来の業績予想の開示に対して企業はさまざまな不満を持っていました。その根本には、これだけ変動の激しい世の中で将来を予測することが難しく、環境変化を反映して合理的に将来の業績予想を作成することが困難だという問題が横たわっていると思われます。
では上場企業はどのように業績予想の数値を作成しているのでしょうか。
一部には環境の変化を素早くとらえ、それに対する経営の意思決定を反映した将来の見込み数値をタイムリーに作成できている企業もあるとは思いますが、多くの企業では残念ながら業績予想の数値作成に2つの大きな欠陥があると思われます。
多くの企業では将来の売り上げなどの数値を集計するために、社内で多くのプロセスを経るため情報の鮮度が低くなってしまいます。例えば、
などのプロセスを経ると、現場で数値を作成してから外部に発表されるまで1〜2カ月もかかることがザラにあります。当然、発表時には既に鮮度の低い情報となってしまいます。
特に昨今のように世界経済の情勢がめまぐるしく変化したり、経営に大きな影響を及ぼすような天災が頻発している状況では、数値の鮮度が低いことは致命的な問題です。
鮮度の低い情報を開示することは、企業にとってはまったくメリットがありません。もちろん、株の売買をする投資家にとっても同様です。それ故に、業績予想の非開示を選択する企業が増えたわけです。しかし、本来であれば、実力通りの将来見通しを基に、投資を受けてそれを次の成長につなげていくのが上場企業のあるべき姿です。
売上高の予測は積み上げていたとしても、利益の金額などは作成担当者が熟練の技で数字を作成しているケースが多く、既存の環境に対する企業の活動状況を統合した数字とはいい難いと思われます。また、予算の作成時期と業績予想の作成時期が異なっているため、ほとんどの企業では予算作成のプロセスと業績予測数値作成のプロセスはリンクしていません。
そのため、業績予想の開示用に営業部門から売上予測の数値を吸い上げて積み上げたとしても、現在の環境を踏まえて、売上に対応する経費を予測することが困難となります。各企業とも直近に作成した予算を参考に、経理担当者が経験に基づいて数字を作成しているケースがほとんどでしょう。
このような現状では社外に自信を持って業績予想を開示することなど困難であり、開示を強制する旧来の東証の制度に対する不満や、開示が強制されなくなった新しい制度での非開示の選択などにつながっていると考えられます。
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