僕は、3次元設計や設計者CAEを導入して運用を支援させていただくような仕事をしています。
これまでたくさんのお客さまの現場を見てきました。お客さまとプロジェクトを始める前に、業務分析をします。そのときにコスト分布も調査しますが、試作品の製作、設計変更やそれに伴うライン変更、金型の修正などのコストが大きいことに驚かされます。こういうコストを最小にするためには、できるだけ試作品を作らない方がいいし、できるだけ金型を修正しない方がいいに決まっています。
そのためには、設計した部品のいろいろな意味での「健全性」を確かめる必要があります。健全性とは、次のようなものです。
など。
その健全性を確かめる方法の1つが実験です。実験からは有益な情報がたくさん得られますが、一方で、時間がかかる、コストが高い、などのデメリットもあります。
そこで注目を集めているのが「解析」です。Computer Aided Engineeringの頭文字を取って、「CAE」ともいいます。解析はこれまで、専門性の高い業務で、専門知識を持った人が行う業務とされてきましたが、昨今では専門知識がなくても使えるようなソフトウェアが数多く登場しています。
3次元CADで作った形状をアイコン1つでカンタン・お手軽に解析できます。一般的には専門知識が必要な解析の各種条件もウィザード形式で設定できてしまいますし、材料の特性も材料データベースから選ぶだけ。
実際には存在しない部品の応力による変形が、実験したかのごとく分かってしまいます。
このようなソフトウェアを批判するつもりはまったくありませんが、正しく使うために知っておかなければならないことがあります。
それが、以下の2つです。
まず1つが、「材料力学」です。モノを設計する人の基本中の基本です。材料力学が分かっていなければ応力の意味も分かりません。解析ソフトが出した結果を何の疑いも持たず盲信することになります。解析ソフトが計算した応力が、その材料の許容応力(降伏応力)を超えていた場合、そのモノに強度的な期待はできないのです。強度的な期待ができないということは「壊れるかもしれない」ということです。この段落で使った用語(応力、降伏応力)の意味が分からない人は「仕事に役立つ材料力学」の連載を読んでから先に進むことを強くお勧めします。
そして2つ目が、「有限要素法」です。これには手順があって、解析はこの手順に従って行われます。設計者解析用として出回っている多くのソフトウェアは、この手順をほぼ完全に目隠しとして処理をします。ブラックボックスといっていいでしょう(図1)。
例えば、ジュースの自動販売機もブラックボックスです。自動販売機の仕組みを知らなくても、お金を入れてほしいジュースのボタンを押せば、ジュースを手に入れることができます。解析というブラックボックスがジュースの自動販売機ほど完成度が高ければそれでいいのですが、有限要素法という名のブラックボックスは操作するうえで、ちょっとしたコツがあって、そのコツを知っていれば、正しく解析が行えるというわけなのです。
最近の設計者向けの解析ソフトは材料力学や有限要素法を知らなくても、一通り使えるようになっています。そこがいいところでもあり、悪いところでもあります。
ブラックボックスの中身を知ることは、一見、ムダなように思えますが、解析の設定の意味が本質的に分かったり、応用が利くようになったりします。
そして、「正しい解析」は、材料力学と有限要素法を理解していることが最も大切なことなんだ、ということを忘れないでください(図2)。
有限要素法の基礎理論ができあがってから60年。有限要素法がなければ、スペースシャトルはできなかったとさえいわれています。この60年という言葉を聞いて、皆さんは長いと思いますか? それとも、短いと思いますか? ある話を思い出しました。 ある仕事で北野宏明先生(京都大学 工学博士/ソニーコンピュータサイエンス研究所取締役所長)とご一緒させていただいたことがあります。
北野先生はロボカップ(ロボコップではありません)というロボットによるサッカー競技の創始者でもあります。ロボカップは、人工知能やロボット工学の研究の推進を目的とした国際共同研究プロジェクトです。これまでに何度か大会も開催されていていろいろな国から500を超えるチームが参加しています。日本でおなじみのロボコンとは違って、ロボットの操作に人間は介在しない完全自律型のロボットにより競技が行われます。競技の様子はYouTubeにたくさんアップされていますので、ぜひご覧になってください。ついつい見入ってしまいます。 僕のお薦めはこちら! 2008年の中国で行われた国際大会の決勝戦です。
このプロジェクトの目標が分かりやすく提示されています。 「2050年までにヒューマノイド型(人間型)ロボットのサッカーチームが、人間のW杯チャンピオンチームに勝つ!」というものです。もちろんこれそのものが目標ではなく、この目標を達成するために必要なさまざまな技術を実社会に投影していこう、というランドマーク・プロジェクトです。 僕はこの話を北野先生から初めて聞いたとき、「そんなバカなぁ」と心の中で笑ってしまいました。きっと皆さんもそう思ったのではないでしょうか。そんな僕の心を見透かしたように、北野先生はイッキに説明し始めました。
北野先生からの質問は次の3点。
答えはどれも「60年前後」。例えば、ライト兄弟がフワリと地上から浮かんだとき、誰が60年後に人類が月に行くと想像できたでしょうか。そう考えると、ロボカップの2050年までにロボットがW杯のチャンピオンに勝つということも急に現実的に思えてくるのです。 ちなみに北野先生はディベートについての本も書かれているほどの理論家で、夢としか思えない話をわずか数分で「ひょっとすると……」と思わせてしまうのは、さすがです。
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