ここまで説明してきた中で、「どのタイミングで」というキーワードがいく度となく出てきたと思います。これらのバルブタイミングは全て1°単位で管理されており、市販されている自動車の分解整備書(サービスマニュアル)などに記載されています。
以下で、その記載例を挙げます。
吸気バルブ
排気バルブ
バルブタイミングの表現方法として「1mmリフトデータ」といわれるものがあります。これは各部品の微妙な当たり具合によって値が変化してしまうことを考慮し、確実にバルブが押されている安定期で測定するという手段です。言うまでもなく、この方法だと正しいバルブタイミングを測定することが可能です。
そして、バルブタイミングを表現する際によく用いられるのが、「BTDC」のようなアルファベット表記です。それぞれの呼称の「A」は「After(後)」「B」は「Before(前)」の頭文字で、「TDC」は「Top Dead Center(上死点)」「BDC」は「Bottom Dead Center(下死点)」という意味になります。つまり、「BTDC」は「上死点前」ということになります。
それぞれのエンジンごとに設定されたバルブタイミング値通りに組み付けられていれば、いま以上に性能が良いエンジンとして評価されているはずです。しかし実際、さまざまな要因が絡んでバルブタイミングが狂ってしまう場合がほとんどです。
例えば前回説明したタイミングベルトやタイミングチェーンを思い出してください。これらの部品はピストンと連動するクランクシャフトと、バルブと連動するカムシャフトとを同調させながら動力伝達していますが、これらの部品を組み付けると、残念ながら、遊びや張力によるバラツキが起こります。さらに、使用を続けることで伸びも発生します。これら、ほんの少しの誤差が、バルブタイミングを狂わせる原因となっているのです。
これはエンジン回転中にも当てはまります。急加速をすると瞬間的にベルトやチェーンは伸びてしまうので、カムシャフトは少し遅れて回転することになります。レース用のエンジンなどでは、そういった問題を考慮してベルトやチェーンを使用せず、ギア駆動を用いていることが多々見受けられます。
またバルブタイミングが狂う原因として、意外と知られていないこととしては、
「クランクシャフトとカムシャフトとの距離の変化による原因」
が挙げられます。
具体例としては、シリンダヘッドガスケットの厚み変更や圧縮比向上のためのシリンダヘッド面研、もしくはシリンダ上面の面研などになります。
「圧縮比を向上させることによりエンジン出力向上を狙う」という頻繁に行われる手段ではありますが、実際は、
「圧縮比向上によって増加した出力−バルブタイミングの狂いによって減少した出力」=トータルのエンジン出力
となっています。
もし先述したような例で圧縮比を向上させたいのならば、同時にバルブタイミングの最適化も行うことでエンジン本来の性能を引き出すということになります。
最後に、「実際にバルブタイミングが狂っている場合、運転していて気が付くのか?」といった体感的な部分(「フィーリング」)に関して説明をしておきます。
仮にバルブタイミングの狂いが「1°」だとすると、ドライバーは普通、気が付かないでしょう。しかし「5°」や「10°」となってくれば、徐々にパワー感がなくなってきてアイドリングも不安定になってくるので、ドライバーもそれに気が付くでしょう。筆者はタイミングベルトが一山ずれてしまっている車に乗ったことがありますが、本来の性能に比べて著しく低下していることに驚いたものでした。カムプーリの歯数は44だったので、一山というと、バルブタイミングの角度でだいたい15°の狂いだったと計算できますが、実際は7割程度の出力だったようなフィーリングでした。バルブタイミングの影響力の大きさを身をもって感じた出来事でした。
次回は、今回の内容を踏まえて「可変バルブタイミング」について詳しく解説する予定ですのでお楽しみに! (次回に続く)
カーライフプロデューサーテル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.