先にやっておけばいいのに〜時間の機能分割〜「失敗学」から生まれた成功シナリオ(3)(2/2 ページ)

» 2007年10月29日 11時00分 公開
[中尾 政之MONOist]
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プレス加工と段取り

 自動車の車体は鉄板をプレスして作られる。プレスでは凹の金型と凸の金型に平らな鉄板を挟み、2つの金型をガチャーンと力任せに合わせて、挟んだ鉄板を曲面に成型する。例えば5秒置きに2時間もプレスすると、注文数の1440個の成型品ができてしまうから、終わり次第、次の成型品の金型に変えなくてはならない。

 もちろん、金型を変えなくてもいいようにたくさんのプレス機を並べてもよいが、一般的にプレス機は高価である。普通は金型を変える。俗に、作業と作業の間の準備を「段取り」と呼ぶが、この金型を交換して次の金型の成型に備える段取りが長くなると、生産量が増えない。昔は段取りに数時間をかけていたそうである。

ALT 図3 金型の段取り

 図3に示すように、最初に、取り付いている2つの金型とプレス機の間の固定ボルトを外して、金型をプレス機の外にずらし、次に別の2つの金型を運んできてプレス機の内にずらし、2つの金型の凹凸がピッタリ合うように位置合わせし、プレス機にボルト固定する。金型が数トンと重くなると、横にずれなくなるので、位置合わせするのも容易ではない。

 ところが、人間は努力するとアイデアが無尽蔵(むじんぞう)にわき出る。いまやどこのプレス機でも、段取り時間は5分以内に終わってしまう。1つのアイデアは、ボルト固定から油圧固定に変えたことである。狭い所でレンチを使ってボルトをクルクル回すのは時間がかかる。

 もう1つのアイデアは、別の装置を使い、位置決めを前もって実行しておいたことである。別装置で位置合わせしておいた2個の金型を固定して準備しておけば、プレス機の中で位置合わせする必要がなくなる。つまり、昔の段取り作業のうち、「外し・運搬・固定」と「位置合わせ」の2つを分離し、位置合わせ時間を別に分けたのである。

これはひどい

 学生に実験装置を設計させると、毎年、段取りのヘタクソなやつが出てくる。例えば、実験装置が卒論の締め切りまでに出来上がらないと泣いてくる。聞くと、使うモータの納期が3カ月かかるといわれたらしい。もう駄目だ。人生終わりだ……。

 「何でもっと前にモータだけ注文しておかなかったの?」「定価を聞いたときに、何で納期も聞かなかったの?」「中古品を探してもらったの?」「在庫品の中に使えそうな馬力のモータがないの?」とケアをする。

 もっとひどいやつもいる。12月の暮れに町工場に図面を持っていって、「社長が正月明けまでに作ってくれない」と怒るのである。あらかじめ、町工場の社長に1本、電話しておけばよかったのに。

 例えば、あと2週間後に設計を終えるけれど、これくらいのものを特急で作ってもらいたいと頼んでおけば、社長は設計品の大体の寸法を聞いて材料を注文しておき、お仲間の職人に頼んで機械を空けて待っていてくれるのである。ひどい学生は、他人の余裕時間を自分で全部、食ってしまう。それなのに「社長は冷たい」とののしる。金を払えば何でもやってもらえるというわけではない。

ALT 図4 並列にできる仕事は?

 図4に示すように、締め切りであるゴールの時刻から逆算すれば、直列で仕事をすると時間が足りなくなることは容易に分かる。そうならば並列してもできる仕事を探し出して、それだけは前もってスタートさせておかなければならない。

 例えば、出掛けにバタバタしてパニックに陥るのは、前もって準備しておかなかったからである。「タクシーに電話した?」「新聞を止めておいた?」「生ゴミは出した?」「お隣に声掛けた?」などなど。1時間前にやっておけばいいのに。 (次回に続く

Profile

中尾政之(なかお まさゆき)

1958年生まれ。東京大学 大学院工学系研究科 産業機械工学専攻 教授。1983年、東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修士課程修了、日立金属入社。1991年、東京大学 工学博士号取得。2007年4月28日放映「世界一受けたい授業」(日本テレビ)に出演。著書に『失敗百選―41の原因から未来の失敗を予測する』(森北出版)などがある。


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