いまの組み込み業界に必要なモノとは?組み込み業界の方向性を探る思考(3)(2/2 ページ)

» 2007年03月23日 00時00分 公開
[吉田育代,@IT MONOist]
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境界を越えて生まれた製品たち(2)

「左」方向の境界越え

 今度は、左方向の境界越えの例である(図4)。

 組み込みプロセッサの設計資産を使って機器制御を行う。クロスオーバー組み合わせを実現すると、非常に性能の高いマイコンができる。そのマイコンを搭載したのがシマフジ電機の「SEMB1200A」と呼ばれる高性能制御モジュールだ(画像3)。


左方向の境界越え 図4 左方向の境界越え

シマフジ電機の「SEMB1200A」 画像3 シマフジ電機の「SEMB1200A」

 SEMB1200Aは、512kbytesの主記憶と浮動小数点演算ユニットを内蔵し、600MHz動作時に1200MIPSの演算能力を発揮するRISC型マイクロコントローラ「UX1200E」を搭載した、超高性能マイコンボードだ。さまざまな用途に使用可能だが、根木氏らはこれを“2足歩行ロボットの制御に最適”とプロモーションを掛けている。ロボットエンジンボードとして秋葉原のツクモロボット王国などでも販売もされている。また、なんとマサチューセッツ工科大学がコンピュータサイエンスの授業に、このSEMB1200Aを採用することを決定している(UX1200Eが、いかに革新的かは512kbytesと1200MIPSの位置を図1上にプロットしてみるとよく理解できる)。

 「何年かすれば1000MIPSを超えたマイコンも当たり前になるでしょう。それをいま手に入るようにすることで、先進的なリードユーザーとともに新しい応用を見つけて試してみる。そうして組み込み業界を活性化したい」と根木氏は思いを語った。

 そう、“道を作ればそこに道は拓ける”のだ。

関連リンク:
シマフジ電機「SEMB1200A」

組み込み機器の可能性を感じた応用例

 実は、根木氏にお目にかかってすぐ、私はあるミッションを託された。

 「携帯電話に入っている静止画(できれば横長のVGAのものが好ましい)をこれから申し上げるアドレスに送ってください。その写真が何を写したものか、当ててごらんに入れましょう」と根木氏はにっこり笑った。

 私は半分キツネにつままれたような気持ちで、写真を告げられたアドレスに送った。すると、根木氏はいった。

 「それは食べものの写真ですね。おでんかな

 そう、確かにおでんである。岐阜に出張したとき、時間が余って訪ねた金華山の茶店で食べたみそおでん。でも、なぜ分かったのか……。私の頭の中は???状態だったのだが、境界越えの製品群の話に差し掛かってようやく謎が氷解した。

 電子写真立て(画像4)。取材現場に並んでいたクロスオーバー組み合わせの製品例の中に、電子写真立てがあった。そこになんと、私のみそおでんの写真が映し出されていたのである!

電子写真立て 画像4 電子写真立て

 この電子写真立ても組み込みコンピュータを使って開発された応用製品のコンセプトモデルだった。メールクライアントの機能を持っており、サーバにメールで送られた写真を受け取り、自動的に表示する。また、スライドショーも行える。この電子写真立ての使い道は歴然としている。遠く離れて住むおじいちゃん、おばあちゃんに、孫の運動会や発表会の写真をネットワーク経由で送れば、その瞬間からおじいちゃん、おばあちゃんは孫の勇姿を堪能できるというわけである。電子写真立てというコンセプトはまったく新しいというわけではない。すでにいくつか市場に出ているものもある。それは根木氏も知っている。

 根木氏は、このコンセプトモデルをキャリアやプロバイダ、メーカーに示して「このようなサービスでビジネスをしてみませんか? ネット環境や携帯電話のカメラ性能からして矢を放つのはいまですよ。実現方法や機器の開発はこうすればできますよ。一緒に商品を開発しませんか?」と問い掛けているのだ。

 彼にとって電子写真立ては「ベーゴマ」や「ヨーヨー」なのである。「3年ほど前から展示会に出展しているのですが、技術的には一番簡単で平凡な電子写真立てがいつも一番人気なんですよ」と根木氏は笑う。この写真たてに触発されて進行中の企画は少なくないらしい。

コラボレーションを容易にしている秘密

 このような境界越えの製品は、CPUこそNECエレクトロニクス製だが、そのメーカー名でも分かるとおり、さまざまな企業が参加して、そのコラボレーションによって実現されている。

 最後にそれを容易にしている秘密を明かして、今回の講義録を終わろう。

 秘密は「場所」にある。いままで単に取材現場としてしか紹介してこなかったが、根木氏から講義を受けた場所には、『ユビキタスコンピューティングサロン(以下、UCサロン)』というれっきとした名称がある。そう聞くと、NECグループの展開するショールームか何かかと思われるだろうが、そうではない。実は、駅前にある。表通りに面した階段をトントントンと上がって廊下を曲がったところにある。看板は出ているが、逆にいうとそこにしか看板はないから知らなければたどり着けない。根木氏が管理している。だから彼がいなければ入れない。

 ここは組み込み業界をさらに活性するため、歴史に触れ、いまを語り、将来を考えるサロンだ。

 組み込みの世界で新しいことにチャレンジしたい企業や個人が、超党派で日本中からやって来る。根木氏は私が今回受けた講義を披露したりしながら、訪問者のもやもやとした考えに耳を傾け、話し合うことで、次第に形あるものへと発展させていく。

根木氏の取り組みは次のステップへ 根木氏の取り組みは次のステップへ

 「1人でできることには限りがあります。いまは何か特長を持った者同士が連携して、補完し合って、新しい視点で新しいソリューションを提示する時代。UCサロンがその触媒の役目を果たせるとしたら本望ですね」そういって根木氏はほほ笑んだ。

 あらゆるものにコンピュータが内蔵されるユビキタスの時代。いまだかつてないものを生み出す醍醐味(だいごみ)は組み込み業界の中にこそあるのではないか。われこそはと思うエンジニア諸君、一度UCサロンを訪ね、根木氏に教えを請うてみるというのはどうだろう。


 本連載は、今回で最終回を迎えた。しかし、根木氏は今回のテーマをさらに一歩進めて、日本の半導体産業を復活させ、日本の組み込み業界を活性化させるべく、次のアクションを開始しているようだ。内容はまだ開示できないらしく聞き出せていないが、発表可能になる時期はそう遠くないらしい。この新しい展開については「続・組み込み業界の方向性を探る思考」で紹介したいと考えている。(編集部)


ユビキタスコンピューティングサロン(UCサロン)管理人
根木 勝彦(ねき かつひこ)

1960年兵庫県生まれ。小学生のころ、先生に「1日2時間以上テレビを見ている人いますか?」と問われて手を挙げる。ただし、見ていたのはテレビの内部。1982年関西大学 工学部 電子工学科卒業後、日本電気に入社。8bitsCPU(Z80コンパチ品)などの設計・開発に従事。1990年4月よりMIPSアーキテクチャのプロセッサ(VRシリーズ)の開発に従事し、2000年から開発部門を統括。2002年10月よりシステムインテグレーターとして現在に至る。

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