いまの組み込み業界に必要なモノとは?組み込み業界の方向性を探る思考(3)(1/2 ページ)

これまでの発想から抜け出そう! その方法の1つに、組み込みコンピュータの世界にある“境”を越えるという手段がある

» 2007年03月23日 00時00分 公開
[吉田育代,@IT MONOist]

組み込みコンピュータにこだわる

組み込みコンピュータの標準的な分布

 成長期を終え、成熟期を迎えて求められるものがモノからサービス(ソリューション)に変化した組み込み業界。成長期では、顧客は「物理形状軸」をたどって降りてくる(ハード的思考)。成熟期では顧客は「機能軸」をたどって降りてくる(ソフト的思考)。これが前回の話だ。このようなパラダイムチェンジを受けて根木氏は、「半導体(モノ)」ではなく「組み込みコンピュータ(機能)」にこだわるようになる。

 図1は、根木氏がこだわる「組み込みコンピュータの標準的な分布」を示したものだ。


組み込みコンピュータの標準的な分布 図1 組み込みコンピュータの標準的な分布

 横軸は「主記憶(メインメモリ)の容量」、縦軸は「プロセッサの演算能力」である。この横軸のレンジの広さに組み込みの難しさと面白さが秘められているという。ちなみに、左端と右端では“1億倍”も違う。この幅広い、が、しかしノイマン型コンピュータという1つのトポロジーで語ることが可能な切り口にこだわり、そのものやリファレンスを提供すること。そして、顧客やパートナーと一緒に応用を考え、創造すること。結果として、組み込み業界を活性化すること。それが彼のライフワークなのだ。

少しばかり発想を変える

従来の発想から抜け出す

 これまでと違う発想でモノ作りをする。そんなことをいわれても、“言うは易し、行うは難し”と思われることだろう。「簡単に思い付くようなら、とっくの昔に着手している!」という反論が耳に聞こえるようである。しかし、そんなに難しく考えることはない。

 何もまったくの混沌(こんとん)から形あるモノをつかみ出せ! というのではない。いまあるものにちょっと変化を加える。すなわち、“少しばかり発想を変える”ということなのである。それで十分新しい平野を開拓できるのだ。

 図2を見てほしい。これは根木氏が整理した組み込みコンピュータの大まかな分類とその構成内訳図である。

組み込みコンピュータの分類とその内訳 図2 組み込みコンピュータの分類とその内訳

 左側は、伝統的な機器制御の世界だ。いわゆるワンチップマイコンを半導体メーカーから購入して機器に組み込む。プロセッサは、そのマイコンの中にコアとして存在する。一部ITRONなどのリアルタイムOSを搭載する場合もあるが、ノンOSで直接プログラムするのも一般的な世界だ。エンジン制御やリモコン、サーボ機構などはもちろん、いまやマイコンが入っていない物を探すのに苦労するくらい広く利用されている。

 真ん中は、組み込みプロセッサやシステムLSI、メモリチップや各種I/Oを備えたペリフェラルLSIなどをそれぞれ半導体メーカーから購入し、組み合わせてコンピュータを形成してから組み込む世界だ。ITRON、T-Kernel、Windows CE、組み込みLinuxなどのOSを搭載し、その上にアプリケーションを実装してカーナビゲーションシステムや情報家電などを実現している。

 右側は、われわれが普段目にするパソコンに近いコンピュータを組み込む世界だ。現在、インテル製のプロセッサを搭載したボードが自動販売機、コピー機、FA機器などに広く組み込まれている。OSはパソコン用のWindowsがそのまま採用されることも多い。また、大規模なものではサーバや専用装置を組み合わせてビル管理システムなども構築されている。「コンピュータ(装置)をビルに組み込んでいる」と考えれば立派な組み込み応用だ。

NECエレクトロニクス デバイスSI事業部 シニアシステムインテグレータ 根木 勝彦氏 NECエレクトロニクス デバイスSI事業部 シニアシステムインテグレータ 根木 勝彦氏

 さて、この分類をこのまま考えているのでは、いつまでたっても従来の発想から抜け出すことはできない。

 抜け出すためには、“境を越える”というのが1つの手である。組み合わせを“クロスオーバー”で考えるのだ。『組み込み業界活性係』を自認する根木氏の新しい取り組みとは、まさにこのことなのである。

 根木氏はここでパソコンを引き合いに出して説明した。

 「“Pentiumがすごい”とは強調していません。TV広告でも“Pentiumが搭載されているパソコンがすごいんです”といっています。そのパソコンによって『映画が見られます』『モバイルでゲームが楽しめます』と訴求するわけです。“パソコン自身が自社製品ではないのに”です。実によく本質が分かっているなと感心します。われわれもこの姿勢は見習わなくてはならないと思います。“最終的に実現されるアプリケーションの世界まで見据えた演出”がいまの時代だからこそ必要なんです」。

境界を越えて生まれた製品たち(1)

「右」方向の境界越え

 では、その演出例を具体的に見ていこう。

 まずは、右方向の境界越えの例だ(図3)。

右方向の境界越え 図3 右方向の境界越え

 組み込みプロセッサと汎用メモリで構成するコンピュータで図3の右側の世界(パソコンと同様のハードで構成していた世界)を実現する。これで何が新しいかというと、“とにかく小さく作れて、消費電力がおよそ1/10に抑えられてしまう”のである。

シマフジ電機の「SEMC5701A」 画像1 シマフジ電機の「SEMC5701A」

 シマフジ電機の「SEMC5701A」は、このクロスオーバーコンビで作られた小さな小さなコンピュータだ(画像1)。小さくてもLAN、USB2.0、アナログRGB、ステレオ音声入出力などデスクトップPCと同様の機能が凝縮されている。このコンピュータは業務端末やインターネット・アプライアンスを開発するためのリファレンスだが、コンパクトなので試作品や少量出荷品にそのまま組み込むこともあるという。

 また、組み込み機器の開発を効率化・標準化するために、東京大学の坂村健教授が中心となって開発したリアルタイムOS「T-Kernel」を搭載した開発キットも「Teacube」としてパーソナルメディアから発売されている。ちなみに、CPUはNECエレクトロニクスの「VR5701」である。

 画像1を見ても分かるとおり、何たって小さい。1辺5cmのサイコロ大である。重さは200gない。しかも、組み込みらしからぬカラー展開。発表された2003年当時、製品の目的そのものよりも、このコンパクトさと斬新なカラーが注目され、マスコミに取り上げられたという。根木氏は、「(図3の)右上の人々に受け入れられるためには、“形や色”が重要であることを学びました。Teacubeと同じ性能や機能を持ったボードを見せてもまったく反応してくれないんですよ」と笑う。


メディアラボの「MLD Cube-64」 画像2 メディアラボの「MLD Cube-64」

 一方、メディアラボの「MLD Cube-64」(画像2)は、64bit Linux開発環境である。CPUには、800MHz動作時に1600MIPSの演算能力を発揮するNECエレクトロニクスの「VR9721」が採用されている。こちらは1辺約8cmのサイコロ大。このサイズで、ギガビットイーサやUSB2.0、IEEE1394B、Serial-ATAまで搭載している。また、ビデオチップとして「SM501」が使われており、X Window Systemのアプリケーションをそのまま動かすことができる。この大きさならどこでも持ち運べる。エンジニアのいる場所、そこが開発現場になるかもしれない。

 根木氏は「パソコン上で試作したアプリケーションを基に組み込み機器を開発する場合の敷居を下げる目的で開発しました」と語る。また、「『性能レンジがパソコンに近い』『豊富なインターフェイスが試せる』『64bit Linuxはもちろん、U-Bootというブートローダのソースコードも公開されている』『CPUモジュール部分だけでもタンバックから購入可能』『消費電力が少ないのでファンレス設計も可能』などの点で喜ばれています」と話す。


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