トヨタが織機から自動車へ事業転換を進めた10年間の意義:トヨタ自動車におけるクルマづくりの変革(14)(3/3 ページ)
1925年(大正14年)は今から100年前に当たる。100年前のトヨタは、豊田佐吉と豊田喜一郎を中心とする織機事業が本業だった。しかし、1925年(大正14年)〜1934年(昭和9年)の10年間は、「トヨタ自動車株式会社」への橋渡しが進んだ決定的な10年間となった。
- 自動織機技術の飛躍:連載第12回で述べたが、1925年は、トヨタ史において「自働化」が完成し、「電動化」が始まった記念すべき年とされる。豊田佐吉と喜一郎は、自動織機に関する多数の特許を出願し、人為的ミスを防ぐ「ポカヨケ」の起源となる装置まで考案している
- G型自動織機の完成準備:刈谷の試験工場や鋳物設備の整備を進め、「無停止杼換式豊田自動織機(G型)」1号機の完成(1925年11月)へとつながる体制づくりが行われた。これは後のトヨタ生産方式の源流となる「自働化」の具体的な結晶である
この時期のトヨタ(豊田家)は、織機分野で世界水準の技術を築きながら、その収益と技術基盤を、後の自動車事業への投資余力に変えていく準備段階にあったといえる。
- 1926年 豊田自動織機製作所設立:1926年11月、株式会社豊田自動織機製作所が設立され、織機事業が本格的な企業体として整備される
- 1929年 欧米視察と特許権譲渡交渉:1929年、豊田喜一郎は欧米の自動車事情視察と、G型自動織機の特許権譲渡交渉のために渡航する。英国のプラットとの契約により、G型自動織機の特許権を譲渡し、その対価が自動車事業への投資資金の源泉となったことはよく知られている
- 1930年 自動車研究開始:1930年5月、豊田喜一郎は自動車に関する調査研究を開始し、小型エンジンの試作に着手する。同年10月には豊田佐吉が逝去し、喜一郎が織機と自動車の両面で「次の時代」を担う立場に立つ
この段階でトヨタは、織機企業としての収益基盤を固めつつ、自動車事業への本格参入を視野に入れた技術、資金、人材の準備を進めていた時期である。
- 1933年 自動車製作部門の設置:1933年9月1日、豊田自動織機製作所は「自動車製作部門(自動車部)」を設置し、正式に自動車試作に踏み出す。これは関東大震災からちょうど10年後であり、震災復興で急増した自動車需要を背景に、フォードとGMが日本で年間3万台超を組立生産していた中での「ゼロからの挑戦」であった
- 1934年 試作工場の整備:1934年には、板金、組立工場、機械/仕上工場、材料試験、研究室などから成る試作工場が刈谷に設立され「A1型試作乗用車」「G1型トラック」へとつながる試作が始まる。フォード車、シボレー車、デソート車を分解/研究し、補給部品との互換性を意識した設計方針を採用したことが特徴である
- 外資との競合を前提とした国産化への挑戦:当時、日本市場の約9割を海外メーカーの国内組立車や輸入車が占めており、その中で豊田喜一郎は「自分たちの手でクルマをつくり、日本に自動車事業を興す」という志の下、鉄の研究から始める徹底したモノづくりのアプローチを選んだ
この1933〜1934年は、トヨタにとって、織機企業から自動車メーカーへと変身するための「創業準備期」そのものであり、技術、設備、人材、思想(豊田綱領や自助努力重視の姿勢)が形を取り始めた時期である。
以上をまとめると、1925年(大正14年)〜1934年(昭和9年)の10年間は、日本経済全体では恐慌と合理化の時代、外資系自動車の支配期であり、一方のトヨタにとっては「織機で築いた技術と資本を、自動車事業へと転換する決意と準備を進めた、静かだが決定的な10年間だった」と評価するのが妥当だと考える。
次回は、今回の1925年(大正14年)〜1934年(昭和9年)の10年間の概観を受けた上で、1926年(大正15年/昭和元年)の日本の経済/政治状況、豊田佐吉と喜一郎の歩みをつぶさに見ていく。(次回に続く)
- トヨタ自動車75年史
- トヨタ自動車「創造限りなく トヨタ自動車50年史」、大日本印刷、1982年11月3日
- 産業技術記念館資料
- Wikipedia
- 「四十年史」、豊田自動織機製作所、1967年11月18日
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第1回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.2、42〜47、2014年2月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第2回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.4、36〜41、2014年4月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第3回 1960年代後半から1970年代のトヨタ自動車のものづくりの形態」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.7、36〜41、2014年7月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第4回 1950年代後半から1970年ころまでのものづくり形態の概要 その1」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.31、No.3、40〜44、2015年3月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第5回 1950年代後半から1970年ころまでのものづくり形態の概要 その2」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.31、No.11、42〜47、2015年11月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第6回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.2、44-49、2018年2月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第7回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.5、40〜48、2018年5月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第8回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.10、42〜47、2018年10月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第9回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.2、42〜47、2018年2月
- 武藤一夫「はじめてのCAD/CAM」、工業調査会、2000年2月(B5判/285ページ)
- 武藤一夫「進化しつづけるトヨタのデジタル生産システムのデジタルのすべて」、技術評論社、2007年12月(A5判/271ページ)
- 武藤一夫「図解CAD/CAM入門」、大河出版、2012年8月(B5判/305ページ)
- 武藤一夫「実践メカトロニクス入門」、オーム社、2006年6月(B5判/228頁)
- 武藤一夫「実用CAD/CAM用語辞典」、日刊工業新聞社、1998年6月(B6判/316頁)
- 武藤一夫「エンジニア必携トヨタに学ぶデジタル生産・事例・用語集」、産業図書、2021年12月(A5判/887ページ)
- 武藤一夫「図解よくわかる機械計測」、共立出版、2016年10月(B5判/240ページ)
武藤 一夫(むとう かずお) 武藤技術研究所 代表取締役社長 博士(工学)
1982年以来、職業能力開発総合大学校(旧訓練大学校)で約29年、静岡理工科大学に4年、豊橋技術科学大学に2年、八戸工業大学に8年、合計43年間大学教員を務める。2018年に株式会社武藤技術研究所を起業し、同社の代表取締役社長に就任。自動車技術会フェロー。
トヨタ自動車をはじめ多くの企業での招待講演や、日刊工業新聞社主催セミナー講演などに登壇。マツダ系のティア1サプライヤーをはじめ多くの企業でのコンサルなどにも従事。AE(アコースティック・エミッション)センシングとそのセンサー開発などにも携わる。著書は機械加工、計測、メカトロ、金型設計、加工、CAD/CAE/CAM/CAT/Network、デジタルマニュファクチャリング、辞書など32冊にわたる。学術論文58件、専門雑誌への記事掲載200件以上。技能審議会委員、検定委員、自動車技術会編集委員などを歴任。
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