トヨタ史で記念すべき1年となった1925年、「自働化」の完成と「電動化」の始まりトヨタ自動車におけるクルマづくりの変革(12)(3/3 ページ)

» 2026年06月16日 08時00分 公開
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4.喜一郎が佐吉の遺志を継いで進めた蓄電池研究と電気自動車開発

 前回の連載第11回で触れたが、1925年(大正14年)10月、豊田佐吉は、帝国発明協会へ蓄電池の発明懸賞金100万円を寄付する。帝国発明協会と締結した契約内容では、5年間で50万円を基金として寄付し、その基金の利息が年間3万円に満たない場合、不足額を佐吉が負担することになっていた。また、蓄電装置発明奨励事業の一環として、帝国発明協会内に蓄電池を研究する豊田研究室を設置し、蓄電装置開発計画の推進中心母体とした。1927年(昭和2年)には第1回の中間的発明募集を実施し、続いて1931年(昭和6年)に第2回、1935年(昭和10年)に第3回の募集を行った。

 喜一郎は、佐吉の蓄電装置に対する期待と考えを受け継ぎ、1939年(昭和14年)に東京の芝浦に蓄電池研究所を設置するとともに、芝浦工場で蓄電池の内製を開始する。さらに、電気自動車の開発を指示し、1940年(昭和15年)ごろに電装工場で内製の蓄電池と不燃性電動機(モーター)を搭載したEC型電気自動車を試作した。

 豊田喜一郎が、父である佐吉の遺志を継いで進めた蓄電池研究と電気自動車(EV)開発は、単なる「試作」にとどまらず、現在のトヨタ自動車が掲げる「マルチパスウェイ(全方位)戦略」の原点ともいえる重要な歴史である。

 Webサイトや歴史資料、トヨタの社史(トヨタ自動車75年史など)に基づいて詳細を整理して、トヨタの電池や電気自動車の開発について以下の5点にまとめて見ていく。

(1)佐吉の遺志:「100万円の懸賞金」と蓄電池への執念

 豊田佐吉は、将来の動力源として石油の限界と電気の可能性を見抜いていた。

  • 佐吉の懸賞金:1925年(大正14年)、佐吉は帝国発明協会に「100万円(現在の価値で数十億円)」という巨額の懸賞金を寄付した。「ガソリンに匹敵する性能を持つ蓄電池」の発明を求めたものであるが、当時の技術では到達できず、結局誰にも支払われなかった
  • 喜一郎への託宣: 佐吉は臨終の際も「これからは電気の時代だ」と語ったとされ、喜一郎はこの「魔法の電池」の実現を自身の使命と捉えていた

(2)1939年(昭和14年):芝浦「蓄電池研究所」の設立と内製化

 喜一郎は、自動車の本格生産(挙母工場/現本社工場)を開始して間もない1939年、東京・芝浦に蓄電池研究所を設置した。

  • 設立の背景:当時は日中戦争の影響でガソリンが統制(配給制)され、代用燃料車や電気自動車の需要が急増していた
  • 内製の開始:芝浦工場(現在の東京都港区、東芝の本社付近)で、鉛蓄電池の内製を開始した。これは、単に車を作るだけでなく、「心臓部であるエネルギー源も自社で掌握する」という、現在の「電池内製化」に通じる垂直統合の思想であった

(3)1940年(昭和15年):EC型電気自動車の試作

 1940年ごろ、電装工場(後の日本電装、現デンソーの母体)において、ついにEC型電気自動車が完成する。表9に、試作時のEC型電気自動車の仕様を示す。

項目 詳細
ベース車両 トヨタ初の量産乗用車「AA型」の改良版である「AC型」のシャシーを流用
動力源 自社開発の鉛蓄電池(80V)を搭載
モーター 不燃性電動機(モーター)。火花が出ない安全設計で、当時の劣悪な路面や環境下での使用を想定していた
性能 最高速度は時速約30km、1回の充電での走行距離も限られていたが、ガソリンが手に入らない戦時下では画期的な試みだった
表9 EC型電気自動車の試作の仕様

(4)歴史的意義:トヨタの「自働化」から「電動化」へ

 これら一連の開発には、現在のトヨタにつながる3つの重要な視点が含まれている。

  • A)エネルギー自給の思想:
    • 「石油がない日本で自動車産業を成立させるには、電気を自給するしかない」という、エネルギー安全保障の視点を持っていた
  • B)内製へのこだわり:
    • 重要な部品(電池、モーター)を外注せず、自らの手で作り上げることでブラックボックス化を防ぎ、技術力を蓄積した
  • C)多角的なアプローチ:
    • ガソリン車を量産しながら、同時に電気自動車の研究を「研究所」単位で進めていたことは、現在のハイブリッド車(HEV)や燃料電池車(FCEV)を並行開発するスタイルの原型である

(5)豊田喜一郎が描いた未来

 喜一郎の電気自動車開発は、戦争の激化による資材不足で本格的な量産には至らなかったが、その技術的DNAは戦後、日本電装(デンソー)へと引き継がれ、現在の世界一の電装技術へと開花した。

 もし喜一郎が現在のリチウムイオン電池や全固体電池を見たら「ようやく父さんの懸賞金が払える時代になった」と喜ぶかもしれない。



 次回は、1924年に完成し、1925年に本格量産を開始した無停止杼換式豊田自動織機(G型)の技術詳細を紹介する。「世界最高の織機」がいかにして完成し、どのような革命を起こしたのかについて解説する。(次回に続く)

参考/引用文献

  1. トヨタ自動車75年史
  2. トヨタ自動車「創造限りなく トヨタ自動車50年史」、大日本印刷、1982年11月3日
  3. 産業技術記念館資料
  4. 「四十年史」、豊田自動織機製作所、1967年11月18日
  5. 「豊田佐吉伝」、豊田佐吉翁正伝編纂所、1933年1月1日
  6. 曽根英秋、トヨタの中国進出―1921年〜2017年―、愛知大学リポジトリ、2018年
  7. Wikipedia
  8. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第1回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.2、42〜47、2014年2月
  9. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第2回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.4、36〜41、2014年4月
  10. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第3回 1960年代後半から1970年代のトヨタ自動車のものづくりの形態」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.7、36〜41、2014年7月
  11. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第4回 1950年代後半から1970年ころまでのものづくり形態の概要 その1」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.31、No.3、40〜44、2015年3月
  12. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第5回 1950年代後半から1970年ころまでのものづくり形態の概要 その2」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.31、No.11、42〜47、2015年11月
  13. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第6回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.2、44-49、2018年2月
  14. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第7回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.5、40〜48、2018年5月
  15. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第8回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.10、42〜47、2018年10月
  16. 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第9回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.2、42〜47、2018年2月
  17. 武藤一夫「はじめてのCAD/CAM」、工業調査会、2000年2月(B5判/285ページ)
  18. 武藤一夫「進化しつづけるトヨタのデジタル生産システムのデジタルのすべて」、技術評論社、2007年12月(A5判/271ページ)
  19. 武藤一夫「図解CAD/CAM入門」、大河出版、2012年8月(B5判/305ページ)
  20. 武藤一夫「実践メカトロニクス入門」、オーム社、2006年6月(B5判/228頁)
  21. 武藤一夫「実用CAD/CAM用語辞典」、日刊工業新聞社、1998年6月(B6判/316頁)
  22. 武藤一夫「エンジニア必携トヨタに学ぶデジタル生産・事例・用語集」、産業図書、2021年12月(A5判/887ページ)

筆者プロフィール

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武藤 一夫(むとう かずお) 武藤技術研究所 代表取締役社長 博士(工学)

1982年以来、職業能力開発総合大学校(旧訓練大学校)で約29年、静岡理工科大学に4年、豊橋技術科学大学に2年、八戸工業大学に8年、合計43年間大学教員を務める。2018年に株式会社武藤技術研究所を起業し、同社の代表取締役社長に就任。自動車技術会フェロー。

トヨタ自動車をはじめ多くの企業での招待講演や、日刊工業新聞社主催セミナー講演などに登壇。マツダ系のティア1サプライヤーをはじめ多くの企業でのコンサルなどにも従事。AE(アコースティック・エミッション)センシングとそのセンサー開発などにも携わる。著書は機械加工、計測、メカトロ、金型設計、加工、CAD/CAE/CAM/CAT/Network、デジタルマニュファクチャリング、辞書など32冊にわたる。学術論文58件、専門雑誌への記事掲載200件以上。技能審議会委員、検定委員、自動車技術会編集委員などを歴任。


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