ここで、豊田佐吉が1890年(明治23年)〜1930年(昭和5年)に手掛けた、自動織機の主たる技術進化の流れをまとめてみる。
さらに、豊田佐吉の活躍を、1890年代、1900〜1909年、1910〜1919年、1920〜1924年、1925〜1929年、1930年の各時代に分けて見ていこう。
| 年 | 出来事/技術 | 解説 |
|---|---|---|
| 1890(明治23) | 豊田佐吉、独学で自動織機研究を開始 | 未完の手動改良機を多数試作。夜間に米沢町工場で試験 |
| 1894(明治27) | 初期木製試作自動織機(木製ドビー式)完成 | 木製フレームでの自動化研究の原点。まだ自動杼換はない |
| 1896(明治29) | 豊田式木製人力織機が特許取得(第1195号) | 力学的な構造を整理し「日本式改良織機」として普及 |
| 1897(明治30) | 豊田式力織機(動力織機)第1号完成 | 原動機は当時主流の蒸気・ラインシャフト方式 |
| 表3 1890年代:手動織機から動力織機への転換期 | ||
表3に示す1890年代は、手で動かす改良織機の試作から始まり、数年で“動力を使う本格的な力織機”へ到達した時期である。
以上を要約すると、1890年代は「手で動かす改良機→木製自動化の原型→特許取得→動力織機の誕生」という急速な進化が起きた10年間であり、日本の織機技術が本格的に近代化へ踏み出した時期であった。
| 年 | 出来事/技術 | 解説 |
|---|---|---|
| 1902(明治35)〜1903(明治36) | よこ糸切断自動停止装置(Weft-fork stop motion)の発明と実用化 | 世界的にも早い段階の自動停止技術。英国式より高速で確実な停止 |
| 1903〜1905(明治36〜38) | たて糸切断自動停止装置(Dropper stop motion)の発明 | たて糸1本の断糸でも即停止する精密さ |
| 1903(明治36) | 故障停止装置/過巻き防止装置など補助安全機構研究 | 後の“完全自動化”に不可欠な安全思想の始点 |
| 1905(明治38) | 「鐘淵紡績」向けに試験織機を導入(鐘紡実験) | 佐吉の技術が武藤三治の大規模神戸工場で初めて試験評価される |
| 1906〜1909(明治39〜42) | 自動織機の連続実験。送り機構/杼箱の耐久試験 | トヨタグループ独自の機械要素(リンク・ラチェット・テンター機構)を磨く |
| 表4 1900〜1909年:自動停止装置の発明期(自動化の核心技術) | ||
表4に示す1900〜1909年は、豊田佐吉が“糸が切れたら自動で止まる”仕組みを次々と発明し、世界水準を超える自動停止技術を確立した時期である。これが後の完全自動織機の核心となった。
以上を要約すると、1900〜1909年は「糸が切れたら止まる」→「異常があれば止まる」という“自動停止”の核心技術が一気に完成した10年間である。
そしてこの技術こそが、後の無停止杼換式自動織機(G型)につながり、トヨタグループの“自働化(jidoka)”思想の原点になったといえよう。
| 年 | 出来事/技術 | 解説 |
|---|---|---|
| 1910(明治43) | 豊田式織機に改良クラッチ/補助停止機構を追加 | 後のG型クラッチの前身となる設計 |
| 1911(明治44) | 佐吉、欧米紡績技術視察(第1次渡航) | プラット・ブラザーズ(英国)など世界的メーカーの機構を研究 |
| 1913(大正2) | たて糸送り(ラチェット式)を本格研究開始 | 1924年まで続く難課題。電子制御前の機械式フィードバック制御の萌芽 |
| 1914〜1917(大正3〜6) | 織機構造の鋼化/標準化 | 木製部分をほぼ完全に鋼化し、高速運転耐性を向上 |
| 1918(大正7) | 豊田自動織布工場(後の試験生産設備)を設置 | 社内で実機生産し、研究機の耐久性を評価する体制を整備 |
| 表5 1910〜1919年:自動杼換への移行準備と組織化 | ||
表5に示す1910〜1919年は、完全自動織機(無停止杼換式)に向けて“機構の高度化”と“組織的な研究体制づくり”が同時に進んだ時期である。
以上を要約すると、1910〜1919年は「機構の高度化」+「研究体制の組織化」が同時に進み、後の無停止杼換式自動織機(G型)を実現するための“土台づくり”が徹底的に行われた10年間であった。
| 年 | 出来事/技術 | 解説 |
|---|---|---|
| 1920(大正9) | 豊田自動織機研究所(豊田式織機株式会社内)を設立 | 本格的な研究体制を確立。若手技術者が多数参加 |
| 1921〜1923(大正10〜12) | よこ糸自動杼換装置、残量検知フィーラの研究が加速 | トランスミッティングロッド、杼箱改良など細かな要素技術が成熟 |
| 1924(大正13) | 「無停止杼換式豊田自動織機(G型)」の完成(非停止自動杼換装置付き) | 世界初の実用的自動織機。高速運転で止まらない画期的装置 |
| (主な完成技術)(1)無停止自動杼換(2)ウェフトフィーラ(3)杼換安全装置(4)不正杼入れ防止(5)たて糸保護装置(6)杼停止位置安全装置 | G型の完成は“織布産業のフォード式大量生産革命”とも評される | |
| 表6 1920〜1924年:「無停止杼換式豊田自動織機(G型)」の完成(自動織機革命) | ||
表6に示す1920〜1924年は、研究組織の整備→自動杼換技術の成熟→世界初の実用的自動織機G型の完成、という“自動織機革命”が一気に進んだ時期である。
以上を要約すると、1920〜1924年は「研究体制の確立→自動杼換技術の完成→世界初の実用自動織機の誕生」という、豊田自動織機史の中でも最も劇的な飛躍が起きた時期であった。
| 年 | 出来事/技術 | 解説 |
|---|---|---|
| 1925(大正14) | G型を改良した生産型を量産開始 | 以降、国内の多数の織布工場に導入される |
| 1926(大正15)〜1927(昭和2) | 海外メーカー(英国、インド)で現地評価 | 英国プラットが「画期的」と評価 |
| 1928(昭和3) | 欧米視察団が来日しG型を高評価 | 非停止杼換の信頼性が注目される |
| 1929(昭和4) | 英国プラット、G型の特許を10万ポンドで買収 | 当時の日本の技術史で最大級の国際取引。トヨタ資本の基盤に |
| 表7 1925〜1929年:海外進出と技術の世界的評価 | ||
表7に示すように、G型自動織機は1925年以降、国内量産→海外評価→国際特許取引へと進み、“日本の技術が世界に認められた時代”を象徴する出来事が連続した。
| 年 | 出来事/技術 | 解説 |
|---|---|---|
| 1930(昭和5) | 自動車研究への本格移行が始まる | G型の成功により蓄積した資本を自動車研究へ転換。これが後の「豊田自動織機 → トヨタ自動車」への道となる |
| 表8 1930年:自動織機から自動車へ | ||
表8に示す1930年は、G型自動織機で得た資本と技術力を“自動車研究”へ本格的に振り向け始めた転換点に当たる。
次回以降に詳述するが、1930年(昭和5年)は、G型自動織機の大成功により、豊田自動織機は大きな資本と技術的自信を得た。その蓄積を基に、喜一郎が佐吉の遺志を継ぐ形で自動車研究へ本格的に移行する動きが始まる。
この決断は、「豊田自動織機→トヨタ自動車」へとつながる歴史的な方向転換であり、日本の自動車産業の出発点となった。
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