「板厚があれば大丈夫」という現場の勘は、静荷重の世界では正しい。強度(静的破壊荷重)と板厚には直接的な相関があり、この経験則は、長年の設計実務の中で培われてきた合理的な直感だ。材料力学的にも筋が通っている。
しかし、CAEの視点で見ると、そこには2つの見落としがある。
1つ目は、「繰り返し回数の無視」だ。静荷重解析で安全率2が得られていたとしても、それはあくまで1回の荷重に対する安全率にすぎない。材料のS-N曲線を参照すると、「静的安全率2」が疲労の世界ではほぼ無意味になることも珍しくない。疲労設計には「回数」という次元が欠かせないのだ。
2つ目は、「表面状態と応力集中の過小評価」だ。板厚を増やせば応力振幅は下がる。しかし、溶接部や切り欠き部のように疲労応力集中係数が大きくなる箇所では、その効果は計算値より大幅に小さくなる。むしろ、根本的な応力集中を形状改善で解消する方が、板厚増加よりも効果的なケースが多い。
現場の勘は、「強度が問題かもしれない」という問いを立てさせてくれる。そして、CAEはその問いに対して「何回繰り返すと危険か」「どこから直すべきか」という定量的な答えを返してくれる。両者は対立するものではなく、互いを補い合う関係にある。
最後に、今回取り上げた椅子の疲労破壊から得られる教訓を整理する。
第1に、「疲労破壊は外から見えにくい」という点だ。静的強度が十分であっても、繰り返し荷重による損傷は内部で静かに蓄積していく。破損直前まで外観に異常が現れにくいことが、疲労破壊の怖さだ。
第2に、「S-N曲線は設計に『時間軸』を与えてくれる」という点だ。繰り返し回数という次元を加えることで、初めて製品寿命の見通しが立つ。「1日何回使うのか」「何年使われるのか」が、そのまま設計パラメーターになる。
第3に、「形状の細部が疲労寿命を決める」という点だ。板厚よりも、角部のR、溶接部の仕上げ、断面変化の滑らかさといった細部が疲労寿命に直結する。応力集中を形状で抑えることが、最も効果的な疲労対策といえる。
カタログスペックや静的な荷重試験だけでは見えない時間軸上のリスクを、CAEは可視化してくれる。
疲労設計は非常に奥が深い。興味のある人は、日本材料学会がまとめた「疲労設計便覧」を手に取ってみても面白いだろう。そして、今回紹介した疲労の考え方を頭に入れながら、まずはCAEで可視化してみるところから始めてみてはどうだろうか。
次回は、「テーブル脚の座屈」を取り上げる。強度計算では十分な余裕があるはずなのに、ある荷重を境に脚が「折れる前に、曲がる」。そんな、もう1つの代表的な破損モードを追っていく。 (次回へ続く)
座面裏や脚の付け根、溶接部に白化や変色、微細なき裂がないかを目視で確認する。「静的安全率が出ている」だけでは十分とはいえない。製品寿命から想定繰り返し回数を試算し、材料のS-N曲線や切り欠き係数と照合することが、疲労設計の最低ラインとなる。
水野 操(みずの みさお)
1967年生まれ。mfabrica合同会社 社長。ニコラデザイン・アンド・テクノロジー代表取締役。3D-GAN理事。外資系大手PLMベンダーやコンサルティングファームにて3次元CADやCAE、エンタープライズPDMの導入に携わった他、プロダクトマーケティングやビジネスデベロップメントに従事。2004年11月にニコラデザイン・アンド・テクノロジーを起業し、オリジナルブランドの製品を展開。2016年に新たにmfabrica合同会社を設立し、3D CADやCAE、3Dプリンタ関連事業、製品開発、新規事業支援のサービスを積極的に推進している。著書に著書に『絵ときでわかる3次元CADの本』(日刊工業新聞社刊)などがある。
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