独立後、依頼を受けて何社かの食品工場を訪問したが、「異常があったら止める」という気風が積極的にあるようには見えなかった。ひたすらスピードを追い求め、設備を止めずに作り続けることに重点が置かれていた。加工機の間はコンベヤーでつながれ、人が機械に合わせて慌ただしく動いている。
ラインの脇には、形が悪く廃棄されたり、慌てて作業したため落としたりした食べ物、また最後には完成検査ではじかれた食べ物が積み上がっていた。
なぜ止めないのか。答えはシンプルだ。食品工場は「いかに原価を下げるか」に重点が置かれている。設備を速く回せば生産数が増え、原価が下がる。その論理が徹底されているから、止めることは「悪」と見なされる。だから止める気風もなく、アンドンの音も聞こえないのだ。
そしてもう一つ、気になることがあった。食品工場で働くのは、パートの女性が多い。家では食べ物を大切にし、ご飯粒一つまでこだわっているであろう人たちだ。その人たちが、まるでそれが食べ物ではないかのように、慌てて食品を廃棄していく。止めないことは、設備の問題だけではない。そこで働く人たちにも、確実に影響を与えていた。
止めないことで、何が失われているのか。私は、人の能力を生かす土壌が失われていると思う。
ある食品工場でのことだ。一人の女性作業者が、コンベヤーで流れてきた製品を取り出し、工程2の加工をしてコンベヤーに戻す、という仕事をしていた。機械のペースに合わせて、ひたすら大慌てでこなしていた。
私はその仕事のやり方を変えた。工程2に加えて、製品を準備してコンベヤーに流す工程1の作業の両方をやってもらい、製品が完成したらコンベヤーに載せる、というやり方にしたのだ。改善としては単純なこと。でも、会社の当たり前を変えるだけで想像以上の効果が出ることがある。
両方の作業を担当すると、彼女は自分のペースで動けるようになった。やりやすさの追求のため、食品やトレイの位置を調整する。立ち止まって問題を一つずつつぶし「どうすれば早くできるか」を自分で考えるようになったのだ。
結果、彼女の能力を引き出し、20%の効率アップを実現した。9人必要だった作業が7人でできるようになり、コンベヤーの長さも70%に短縮できた。加えて、慌てて作業していたため、床に落とすなど廃棄していた食品ロスがゼロになった。
機械に合わせているときは、考える余地がない。自分のペースで動けて初めて、人は考え、工夫し、成長する。
私自身も、あるコンビニ向けの食品工場で作業させてもらったことがある。慌ててしまい、食べ物をいくつか無駄にしてしまった。今でも心に後悔が残っている。家では食べ物を大切にする自分が、工場ではそうできなかった。
食品工場で働く人たちも、きっと同じだと思う。自分の仕事にこだわりがある人たちが、工場では食べ物を廃棄していく。心のセンサーを、意識してオフにしなければやっていられないのだ。日々工夫し、今日より明日を良くしようとしている人たちを、そうさせてしまっている。これ自体が、大きな異常ではないだろうか。
そして止めないことには、もう一つの代償がある。問題が解決されないまま、流れ続けるということだ。短期的には原価が下がるように見えるかもしれない。しかし中長期で見れば、それは必ず損になって返ってくる。
「良くないとは思っているけど、いつもこんなもの」と放置し続けた結果、突然材料のばらつきで問題が顕在化し、お客さんへの欠品を起こした事例もある。いつ暴れるか分からない問題を、飼い続けているということだ。身体の不調を放っておくようなもの。一時の残業や稼働率の低下は痛い。しかし問題を解決した方が、将来につながるのではないか。
ステルス値上げ、内容量を減らす…… そんな小手先の対応ではなく、本当にお客さんに満足してもらいたいと思っている経営者がほとんどのはずだ。「手作り」というラベルに消費者が価値を感じるのは、人が一つ一つにこだわって作ったものだからだ。そのこだわりを持てる環境を、経営者がつくる必要がある。
そこにいるのは機械ではなく、異常があったら考え、より良くしたいというアイデアを出せる人間なのだから。
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