そのゲート数というか、ダイサイズあたりのゲート数というか、ゲート密度が2つ目の理由である。当時の製造技術ではあまり大規模な回路は実現できないから、実際Xilinxにしてもゲート数が増えたのは微細化したプロセスが利用できるようになってからである。そもそもロジックの記憶のためにLatchを多用している以上、1ビット分の記憶に最低でも6個ゲート密度が上がらないのはある意味宿命であった。対してAntifuseでは、1個のAntifuseで1ビット分の記憶ができるから、SRAMベースに比べればはるかにゲート密度を上げられることになる。このあたりが、ActelをAntifuseベースに走らせた最初の要因であろう。
1988年後半、Actelは最初のアーキテクチャであるACT1に基づくACT 1010/1020を発表する(図1)。
図1 1990年4月版のACT Family Field Programmable Gate Array DATABOOKより。この世代はまだPLICEをベースに製造されていたことがDescriptionから確認できる[クリックで拡大]2μmプロセスということで動作周波数はToggle Rateこそ70MHzながら実質的には40MHzと、そう高速とはいえない。ただ、1200ゲートのACT 1010でおおむねPLDの3000ゲート相当、2000ゲートのACT 1020で6000ゲート相当となっており、そこそこの規模になっているのが分かる。このACT1、基本的なアーキテクチャは“Sea-of-Gates”構成である。あまり一般的ではないし、Actel自身もこの用語は使っていないが、コンピュータアーキテクチャの研究ではちょくちょく出てくる用語である(例えばこの論文)。端的に言えばゲートを敷き詰めて、間を最小限の配線でつなぐ構造と思えばよい。実際にACT1の構造はこんな具合(図2)である。
個々のロジックモジュール同士が水平方向と垂直方向の配線で相互接続されるという構造であり、ロジックモジュールそのものも比較的シンプルであるというか、むしろシンプルさと実装密度を優先したという感じの実装である。
さてそんなACT 1010/1020を発売した1988年の売り上げは不明だが、発売初年度だから当然そう多くはなかったと思われる。ただ1989年に700万米ドルだった売り上げは、1990年には2100万米ドルに跳ね上がる。
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