では、ヒューマノイドは現在の生産技術に何か貢献できそうなのか。現時点の答えは「ノー」だ。
単にピッキングしたり、A地点からB地点へ搬送したりするだけなら、ヒューマノイドである必然はない。他にも適したソリューションがある。いわゆる水すましのような、工程間搬送においても同様だ。そもそも速度が遅い。ヒューマノイドは汎用を目指すロボットだ。しかしながら人ほどの汎用性を持つにはいまだに至っていない。
現在の工場や倉庫の現場では、自動化が進められているものの、いまだに多くの人手が必要とされている。それを代替するにはマニピュレーション技術が必須だ。しかし手先を動かす技術はまだまだ発展途上だ。いかに巧みにダンスしようとも、指先はまだ不器用なままで、部品を繊細につかめる精度を出すことはできていない。
要するに、技術は一般人が期待するほどには進歩していないのが実情だ。一言でいうと実用性よりも「パフォーマンス」が先行しているのである。それがヒューマノイドの現状だ。恐らく、多くの来場者はそれを実際に自分の目で見て確認して、安心した人も少なくないのではないだろうか。
だが、米中はそのヒューマノイドに莫大な投資を続けている。急激に注目を集めているロボット基盤モデルを発展させるためには、膨大な学習データが必要だ。LLM(大規模言語モデル)の発展はインターネット上の言語データが基になっているが、そのような規模のロボット動作データはない。だから新規に集める必要がある。
シミュレーションだけでは学習データとしては不十分だ。実データは人間から集めて、人に似た形の機械、すなわちヒューマノイドに適用するのが手っ取り早いと考えられている。だからこそ、いわゆるフィジカルAIの象徴はヒューマノイドなのだ。そして期待が期待を呼び、一種のバブルとなって投資を集めている。
スタートアップは派手なパフォーマンスを見せることで期待を醸成する。「今の実用性」ではなく「数年後のポテンシャル」をアピールして投資と顧客の関心を引こうとする。だからまだまだ合格点には程遠い技術であっても市場に出す。そして現場でデータを収集することでレースに勝とうとしている。
一方、日本の従来企業は既存の仕事で忙しい。既存顧客と一緒に、現状の産業用グレードの技術を磨き上げる、それで十分だと考えている。これは正しい。
「取りあえず動く」ような機械では生産現場では使えない。だが経営学者のクレイトン・クリステンセンの言うところの「イノベーションのジレンマ」そのものに陥っているのではないかという危惧が拭えない。日々の業務をこなしているだけのところにイノベーションはない。そして、イノベーションのジレンマの怖いところは、経営的には「正しい判断」をしているにもかかわらず、むしろそれゆえに新興勢力に負けることがあり、気づいたときには手遅れになってしまっているという点である。今、もしかしてそれがロボット業界に起きつつあるのではないか。そんな危惧がある。
実際のところ、何が正解なのかは誰にも分からない。投資できる資源は限られている以上、どこかに賭けなければならない。「持続可能な社会」を目指すための道の歩き方は何が正解なのか――。踊っているだけのロボットに人手不足の現場は救えないのは確かだ。しかし彼らは「未完成の未来」を売ることで世界中の注目と知恵、そして資金を集めて実用化へと猛進している。
ロボットの適用領域は生産現場だけではない。未活用の領域へと広がろうとしている。配膳ロボットや清掃ロボットは、気が付けば海外製品以外は現実的な選択肢がなくなりつつある。保守的に、コスト面や使い方も含めて実用性や市場性が出てくるまで待っていると、日本製が選択肢に入らなくなってしまうことがある。そんな状況にはなってほしくない。
せめて、どのように使えば今の新技術をうまく使えそうなのか。その検討は行ってほしい。ロボットは全体最適のためのツールの1つにすぎない。登場し始めた新しいロボットがうまく“ハマる”使い方を編み出すことができれば、その企業が次の覇権を握るかもしれない。
これからの時代、ロボットは「新しいインフラ」の一部となるだろう。そのフェーズへと現状のロボットが脱皮し始めたとき、日本勢がそこで存在感を発揮していてほしいと思う。これまで培ってきた確固たる技術を魅力的な未来として語る、両輪の経営が日本勢にも必要とされている。
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