ここまでホチキス本体の構造についてひも解いてきましたが、ホチキス針も性能を左右する重要部品といえます。ホチキス針は単に金属線をコの字型に曲げただけではなく、打ち込みやすさ、曲げやすさ、固定強度のバランスを考慮して設計されています。
ホチキス針のサイズは非常に多くの種類がありますが、一般的によく使われているのは10号針です(図8)。その寸法は、
で、紙20枚程度を想定して設計されています。
ホチキス針の材質は、鉄線(軟鋼線)が一般的です。耐食性や滑りを考慮し、ニッケルメッキや亜鉛メッキが施されています。高級なタイプでは、打ち込み抵抗を下げるためにテフロンコート処理が施されたものもあります。これにより紙繊維との摩擦が減り、とじ心地が通常のものよりも軽くなります。
ホチキス針は紙を貫通した後、クリンチャーで足が曲がります。実は、ホチキス針の足先には微妙なテーパーが設けられており、曲がる方向が制御されています。また、ホチキス針の断面は正四角形ではなく長方形になっており、この形状によって曲がりやすい方向(紙を貫通した後の足先方向)をコントロールしています(図9)。
余談ですが、ここで、ホチキスという名前に関する話にも触れておきます。
ホチキスは「ステープラー」と呼ばれることもあります。日本ではホチキスが一般的ですが、英語では“Stapler(ステープラー)”が正式名称です。ホチキスは、かつて日本で輸入された米国のHOTCHKISS(企業名)製の「とじ器」に由来する通称です。
新聞用字用語集では「ホチキス」、JIS規格では「ステープラ」(JIS規格では最後の音引きは「なし」)と定められており、厳密に正式名称が決まっているわけではないようです。また、「ホッチキス」という記載を見掛けることもあります。
ホチキスは誰でも一度は使ったことがある身近な文房具の一つです。最小限の機構で確実な「打つ→曲げる→戻す」を実現する優れた機械要素の集合体であり、シンプルな操作の裏側には精密な動作設計が凝縮されています。 (次回へ続く)
落合 孝明(おちあい たかあき)
1973年生まれ。株式会社モールドテック 代表取締役(2代目)。『作りたい』を『作れる』にする設計屋としてデザインと設計を軸に、アイデアや現品に基づくデータ製作から製造手配まで、製品開発全体のディレクションを行っている。文房具好きが高じて立ち上げた町工場参加型プロダクトブランド『factionery』では「第27回 日本文具大賞 機能部門 優秀賞」を受賞している。
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