フェリーの燃費は、横揺れが増えるほど悪化する。プロペラ入流が乱れて推進効率が落ち、姿勢変動による水抵抗も増えるからだ。けやきは、ARTとフィンスタビライザの併用で、波浪中の横揺れを受動+能動の“2段構え”で抑える。減揺タンクとフィンスタビライザは実用化されてから長い年月がたつ、ある意味“当たり前の舶用技術”ではあるものの、三菱造船ではこれを「省エネ型減揺システム」と呼び、推進抵抗の抑制を通じた燃費改善まで踏み込んでその採用意義を訴求する。揺れを止めるのは“快適性”だけの話ではなく、機関出力のムダを殺ぎ落とす技術でもある、というのが省エネ視点から見た減揺タンクとフィンスタビライザ導入意義というわけだ。
また、けやきが採用する航海速力28.3ノットは、カーフェリーとして異例の高速域に属する。一般的に船体抵抗が速力の3〜4乗で増大することを考えると、高速で航行することによって単位距離当たりの燃料消費量は確実に悪化する。それでも同社が高速を維持するのは、単なるスピード競争ではなく、運航条件と競争力維持の要請に応えるためだ。
舞鶴−小樽航路は長距離かつ冬季の海象変動が大きい。貨物と旅客、双方の定時運航を確保するには、時化(しけ)た海でも一定のスケジュールマージンを保てる出力余裕が不可欠だ。速力設定を高めることで、港湾停泊時間や荷役遅延を吸収して運航を安定化できる。特にフェリー輸送では、トラック、トレーラーとの接続性が競争力を左右する。速力が維持されれば、陸上交通機関との接続が確実になり、港湾スロットの最適化と「翌日着」運用の信頼性が高まる。これは同航路の長距離物流における定時性維持の基盤でもある。
高速運航による燃費上の不利を補うという意味でも、抗力低減策を積極的に取り入れる必要があったといえるだろう。垂直ステムとダックテール付きバトックフロー船尾によって造波抵抗と粘性抵抗を抑え、船体長の延長と推進器効率の改善も燃費抑制に寄与し、単位輸送量あたりのエネルギー消費を平準化することで、速力増による燃料増加分を最小化できる。
28.3ノットは「燃費を犠牲にした高速」ではなく、「設計最適化によって維持可能となった高速」だ。定時運航に物流効率、さらには旅客利便の3要素を同時に成立させるフェリーに対する要求に対する解答ともといえる。
フェリーは「高速で長距離で高頻度」という、船型最適化の“総合格闘技”を強いられる船種だ。喫水や配重が便ごとに変動する一方で、出入港時刻は陸上交通網事情と直結する。故に、広い運航条件で平均燃費を確実に下げる設計が重要となる。
けやきは、“実海域で効く3点セット(垂直ステム/ダックテール+バトックフロー/省エネ型減揺艤装)を、日本海を航行するフェリーという日本において厳しい運航形態に落とし込んだ船だ。就航海域の冬季海象、配車の実務、港湾スロットの制約――そうした“現場の重圧”を背負った上で、5%の燃費改善を公式に約束できる設計は、造船×運航の両輪で積み上げた知見のたまものともいえる。
モーダルシフトを担う中核インフラとして、「燃費×定時×快適」が融合したフェリーというモーダルプラットフォームをどのように底上げするのか。けやき(と2番船「はまなす」)は、その問いに対する2025年時点の最適解の一つと評価できるはずだ。
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