海技研 流体性能評価系 耐航性能研究グループ グループ長の黒田貴子氏は、IMOが2020年に発行した「MSC.1/Circ.1627」に準拠した「第二世代非損傷時復原性基準」に関する研究に取り組んでいる。この基準は、従来の静的な経験則に依拠した安全評価から一歩進み、物理則に基づいた動的かつ統計的な安全性の定量評価を可能にする。
この基準では、船の復原性に関わるリスクを5つの「危険モード」に分類し、それぞれの脆弱性を3段階で評価する。危険モードの1つ目は「デッドシップ状態の横風・横波下における転覆」、2つ目は「加速度による作業環境の劣化」、3つ目は「復元力の一時的喪失」、4つ目は「パラメトリック横揺れ」、5つ目は「波乗りによる操船不能」と分類されている。
パラメトリック横揺れは、船が波の谷と山を交互に通過することで復元力が周期的に変化し、船体が急激に傾斜して転覆する危険な現象だ。黒田氏は「この現象は出会い波周期が横揺れの固有周期の約半分になると発生しやすくなる」と解説する。海技研では再現性の高い水槽実験によりこの現象を詳細に解析し、リスク判定の指標作りに貢献してきた。
3段階に分かれる評価手順は、まず簡易な1次評価(Level 1)を実施し、合格すればそれで終了となる。合格しない場合は、発生確率を考慮した2次評価(Level 2)へ、さらに必要に応じて時間領域計算と模型実験を要する3次評価(Level 3)へと進む。レベルが上がるほど精度は増すが、計算難易度とコストも上昇する。
黒田氏は「既存船に対する検証では、およそ70%がいずれかの危険モードで不合格となる例が報告されており、現行基準では対応困難なケースも散見される」と指摘する。特に加速度基準やパラメトリック揺れに関する新基準への適合は、船体設計や運航方針に大きな影響を及ぼすとした。
一方で、従来の評価方法とは異なり、レベル1または2で合格しない場合でも、船の運航条件を制限することで安全運航を担保する「操船支援型の回避ルート(Operational Guidance)」も併設している。これは、操船者が危険モードの発生を避けるようルートや速度を調整する運航支援方針であり、現実的な対応策として注目されている。
さらに海技研では、パラメトリック横揺れの事前予測に向けた「予兆検知技術」の研究も進めており、ロールの瞬時周波数や振幅の時系列解析を基に、転覆の危険性が高まる前に警告を出すシステム構築を目指している。
第二世代非損傷時復原性基準は、日本主導での物理則に基づく動的復原性評価の導入を経て、2020年にMSC.1/Circ.1627として暫定ガイドラインを策定している。現在は、各国において企業レベルでの経験蓄積が求められており、IMOでも見直し作業が進行中だ。
黒田氏は「中国からはこの基準で不合格が多数出たという報告もあり、レベル1〜3で逆転が起きないよう、実設計結果を踏まえた整理が必要とされている」と述べ、将来的な制度化に向けた国際的な合意形成と運用経験の積み上げの重要性を指摘した。
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