海上技術安全研究所(海技研)が第25回研究発表会を開催。「海技研の研究開発と社会実装の進展」をテーマとした発表の中から、海技研が最重上課題の一つに位置付ける「海上輸送の安全の確保」に関わる3つの研究成果について紹介する。
海上技術安全研究所(以下、海技研)は2025年7月18日、東京都三鷹市にある同研究所施設講堂で研究発表会を開催した。海技研が取り組んでいる研究成果を関係者に紹介するため年1回開かれており、第25回目となった2025年度は、「海技研の研究開発と社会実装の進展」をテーマとして10件の口頭発表と19件のポスター発表が実施された。
研究発表会の開会に当たり、海技研 所長の平田宏一氏は、現在海技研が中長期計画に基づいて進めている4つの研究分野について紹介した。いずれも現代の海上輸送と船舶技術が直面する課題に対応するもので、最近の船や海運に関する課題を網羅している。
1つ目の分野は「海上輸送の安全の確保」で、ここでは次世代船舶における構造設計の在り方や、事故リスクの予測と低減、自律運航技術の安全性評価、さらには船体動揺を起因とする重大事故の分析などを通じた安全性の向上に資する研究に取り組んでいる。
2つ目の分野は「海洋環境の保全」だ。対象となるのは、GHG(温室効果ガス)排出削減、ゼロエミッション燃料の導入促進、実海域での燃費性能向上など、環境負荷低減に直結する技術開発になる。IMO(国際海事機関)による環境規制の強化を背景に、舶用技術者にとっても関心の高い分野といえる。
3つ目の分野は「海洋の開発」である。再生可能エネルギーの海洋利用、遠隔操船や作業支援を含む海事オペレーション技術、海底資源の探査と開発に必要な機器の信頼性評価など、洋上作業全般に関わる研究が進んでいる。
4つ目の分野は「海上輸送を支える基盤的技術開発」で、海事分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に関わるビッグデータ解析、シミュレーション技術の活用、品質管理や生産性の向上といった取り組みが対象となる。
本稿ではこれら4つの分野から、1つ目に当たる「海上輸送の安全の確保」に関する講演内容を詳しく紹介する。
「海上輸送の安全の確保」のセッションでは、海技研 研究監の辻本勝氏がイントロダクションを行い、海技研にとって同分野が最重要課題の一つであることを強調した。
本セッションでは、「海上輸送の安全の確保」の重点研究として設定された4つのテーマの進捗を紹介した。1つ目の「船体構造評価技術に関する研究」では、航行中の船体の状態を把握するために、センサー情報を活用した応答推定法を開発し、水槽試験でその有効性を検証した成果を報告した。2つ目は「船舶の安全航行のための性能評価に関する研究」で、IMOが策定中の性能基準に対応するため、日本として準拠プログラムを公開した点が紹介された。3つ目は「アンモニア燃料の安全性評価」で、管理区域の設定とその合理性に関する研究が焦点となる(本稿では紹介しない)。4つ目は「自動運航船の安全性評価」で、総合シミュレーションシステムを活用し、自動運航アルゴリズムの判断基準を明らかにした。
海技研 構造・産業システム系 荷重・構造研究グループ 主任研究員の小森山祐輔氏は「船体構造デジタルツインのための計測応答データを用いたカルマンフィルタによる出会い波時刻歴および非計測応答の推定技術」について発表した。この研究は、次世代船舶における安全設計の高度化を見据え、航行中の船体に作用する波浪や構造応答を、最小限のセンサー情報から高精度に推定する技術の確立を目指している。
発表では、まず波浪と船体応答の時刻歴を推定するための手法として「ウェーブカルマンフィルタ法(WKF法)」が紹介された。これは、船体に取り付けた加速度計などから得られる船体応答の計測データを基に、波の周波数と方向を含む海象条件をリアルタイムで推定し、計測できない船体部位の応答も再現する手法だ。「設置などにかかる費用などの制約があるので、システムで測れる計測点には限りがあります。少ない計測点の情報から船体全体の状態を把握することが必要だと考えています」(小森山氏)。
推定の前提となる応答関数(伝達関数)は、3次元線形パネル法による流体解析と有限要素法による構造解析を組み合わせて導出した。小森山氏は、水槽試験による実証結果も提示した上で、実験には光ファイバー式ひずみセンサーを使用し、長波長規則波や短波長不規則波など複数の海象条件に対する推定精度を検証したと説明する。その結果として、複数種類の応答(運動/応力)を同時に用いることで、出会い波の推定精度や非計測部位の応答推定精度が大幅に向上することを確認したと述べた。
「相関の高い応答を上手に使って波を求めてそこから推定していくことで、かなり高い精度でも推定できたのかなと考えています」(小森山氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.