月のサンプルは、月面から回収された石と、月の表面に隕石が当たり月面から掘り返された石が宇宙空間を漂い地球に落下した「月隕石」の2種類となる。「地球にある月隕石の総量は1トン(t)以下で、月のどの位置にあったか不明だ。そこで、私は月隕石の起源地域(射出クレーター)を特定し、受動的なサンプルリターンの実現を目指す研究を開始した」(長岡氏)。
この研究では、月隕石の成分や固化年代、岩石の特徴を探査機データと照合し、射出起源となったクレータを特定した。
具体的には、月隕石の元素濃度、固化した年代、岩石地質的な情報、米国が1998〜1999年に打ち上げた月周回機のルナプロスペクターやかぐやで得られた元素分布、クレータカウントによる表面年代の推定、可視光と近赤外光で測定した月面の地質情報を組み合わせて、月隕石と同じ特徴を示す月面の地質情報を組み合わせて、「月隕石と同じ特徴を示す月面の場所を特定する手法」を開発した。これにより、月隕石の射出クレーターを特定し、月面からの受動的なサンプルリターンを成し遂げた。
長岡氏は「この研究を進める中で、射出時の圧力から推定し、月隕石の起源クレーターが直径数km以下と小さく、深度は数百mと浅いことにも気づいた。つまり、年代が若いサンプルは月面に残りやすいが、古いサンプルになればなるほど、隕石衝突の影響で表面情報が取り除かれており、一部のサンプルだけでは月の地殻全体などについて研究することが難しいと分かった」と述べた。
この問題を解決するために、宇宙開発を行う国内外の企業や研究機関では、月ができて最初に固まった地殻「始原地殻」のサンプル回収に向け研究開発を進めている。「既にかぐやが月の裏側で始原的地殻が残る露頭を発見している。回収ターゲットとなる地殻は、最近に月の中央丘露頭から崩落したであろう数mクラスの岩塊だ。ターゲットの選定ではSLIMに搭載された広角カメラ『SLIM-MBC』が有力視されている。その場でターゲット岩塊が適切なサンプルであるかを判別し、必要なサンプル量を持ち帰る必要がある。そのため、宇宙開発を行う国内の企業や研究機関では、その場で分析できる装置の開発に着手している」(長岡氏)。
その場で始原地殻を分析するために必要とされるのは、ロボットアーム、研削機構、ガンマ線中性子分光計、広域分光カメラ、岩塊調査/資料選別用の顕微分光カメラ、サンプル判別アルゴリズム、サンプルコンテナ、輸送技術だ。ガンマ線中性子分光計、広域分光カメラ、岩塊調査/資料選別用の顕微分光カメラ、サンプル判別アルゴリズムはESECも研究開発している。「ESECでは、アルテミス計画で使用される有人与圧ローバーにこれらの技術を搭載し、始原地殻のサンプル獲得を実現したいと考えている」と語った。
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