半導体薄膜の材料分析にAIを活用 原料ガス量の自動提案に成功マテリアルズインフォマティクス(1/3 ページ)

NTTは半導体物性の知識を用いたベイズ最適化手法を活用し目的とする組成の結晶を成膜するための原料ガス量を自動提案するエンジンを開発したと発表した。

» 2025年05月07日 08時00分 公開
[遠藤和宏MONOist]

 NTTは2025年5月2日、光通信用デバイスに用いる半導体薄膜の成膜条件(原料ガス量)を、半導体物性の知識を取り入れた機械学習モデルにより自動導出する手法を開発したと発表した。同手法により、目的とする組成の半導体薄膜を効率的に成膜でき、光通信用デバイスの製造コスト削減に貢献すると期待されている。

新手法開発の背景

 光通信のシステムは、光(電磁波)を発振する半導体レーザー(レーザーダイオード)や、光を伝送する光ファイバー、伝送された光を受ける受光器から構成されている。また、使用する光の波長は、光ファイバーの損失が小さく伝送距離を伸ばせる1.3μm/1.55μm付近が用いられる。これら1.3μm/1.55μmの波長の光に対応する半導体レーザーや受光器の製造するのに用いられるのがインジウムガリウムヒ素リン(InGaAsP)から成る半導体薄膜である。

光通信の概要(左)と光通信で使用する自然資源(右)[クリックで拡大] 出所:NTT

 光通信用デバイスの半導体材料としてInGasPを利用する際には、インジウムリン(InP)という結晶を基板としてその上にIn(1-x)Ga(x)As(y)P(1-y)を成膜する他、組成を変えることでバンドギャップ波長や格子定数を調整可能だ。xとyは組成に基づく変数となる。

1.3mmや1.55mm付近の波長の光を用いる理由(左)と半導体レーザや受光器に用いる半導体材料(右)[クリックで拡大] 出所:NTT

 このように組成の割合を調整して結晶上で薄膜を成膜する方法は「結晶成長」と呼称される。代表的な結晶成長方法としては分子線エピタキシー法(Molecular Beam Epitaxy:MBE法)と有機金属気相成長法(Metal Organic Chemical Vapor Deposition:MOCVD法)がある。

結晶の組成の調整の意義(左)と結晶成長とは?(右)[クリックで拡大] 出所:NTT

 MBE法は、超高真空下で成分元素あるいは構成分子を分子線として発生させて結晶基板上に供給し、基板の結晶系を反映した結晶構造の薄膜を成長させる方法を指す。

 MOCVD法は、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)といったIII属材料、ヒ素(As)やリン(P)といったV族材料、MOCVD装置を用いて、半導体の基板上に原料ガスを供給し、原料ガス量に応じて、結晶の組成を制御する。

MOCVD法(左)とMOCVD装置(右)[クリックで拡大] 出所:NTT

 MOCVD法は、ガスの化学反応によって結晶を成長させるので、大面積/多数枚の成長と高い均一性を実現できる。ガスの種類を切り替えて結晶を成長させることで、複雑な層構造の成長にも応じる。

 一方、MOCVDを用いた光デバイスの製造現場では、材料となる半導体薄膜を成膜する条件(原料ガス量)を、過去の実験結果を解析して導出する必要があり、熟練技術者の作業が求められた。正しい成膜条件を導き出すためには複数回の実験も必要だった。

複雑な層構造の成長にも応じるMOCVD装置(左)と従来の困りごとについて[クリックで拡大] 出所:NTT

 こういった状況を踏まえるとともに、機械学習の1つ「ベイズ最適化(Bayesian Optimization、BO)」を用いて、世界で初めて超高品質な酸化物薄膜(SrRuO3)の作製に成功(同社調べ)した知見を生かし、NTTはMOCVDの効率的な運用を実現する今回の手法を開発した。

新手法の概要

 新手法はベイズ最適化と半導体物性の知識を組み合わせた予測エンジンを活用した方法(Physics-informed Bayesian optimization、PI-BO)だ。NTTは新手法とMOCVDを用いて光通信や光電融合デバイスに使用する化合物半導体薄膜の成膜をより効率的に行うことに成功した。同手法は、少ない回数で目的とする組成の結晶成膜条件が得られる他、従来は経験に頼っていた成膜条件の効率的な探索技術を扱えるようになる。

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