酸化セリウムを活用し超高性能熱スイッチを開発 今後は「熱ディスプレイ」を試作研究開発の最前線

北海道大学電子科学研究所は酸化セリウムを活用し超高性能熱スイッチを開発した。

» 2025年01月08日 10時30分 公開
[遠藤和宏MONOist]

 北海道大学電子科学研究所は2025年1月6日、酸化セリウムを活用し超高性能熱スイッチを開発したと発表した。今回の研究は、同研究所 博士研究員のジョン・アロン氏や教授の太田裕道氏、同大学院 情報科学院修士課程の吉村充生氏らの研究グループが務めた。

研究手法について

 研究グループは、超高性能熱スイッチの活性層材料として酸化セリウムを選択した。酸化セリウムはガラスの磨き粉として市販されており、比較的資源が豊富で安価な材料だ。酸化セリウムの結晶構造は単純な蛍石型構造で、同じ蛍石型構造の固体電解質基板であるYSZ上にエピタキシャル成長することが知られている。酸化/還元も可能で、酸化状態では室温で14W/mKの比較的高い熱伝導率を示す。

 このような理由から、今回の研究では、酸化セリウムを活性層とする全固体熱スイッチを作製した。作製した熱スイッチを、空気中で280℃に加熱した状態で通電し、電気化学的にオン状態(酸化状態)とオフ状態(還元状態)に切り替えて熱伝導率の変化を調べた。

作製した酸化セリウム熱スイッチ(A)と電気化学酸化/還元の電子顕微鏡像(B) 作製した酸化セリウム熱スイッチ(A)と電気化学酸化/還元の電子顕微鏡像(B)[クリックで拡大] 出所:北海道大学

研究成果について

 酸化セリウム薄膜を一度還元し(オフ状態)、次に酸化すると(オン状態)、熱伝導率は最も還元された状態で約2.2W/mKとなり、酸化とともに熱伝導率は12.5W/mK(オン状態)まで増加した。この還元(オフ状態)/酸化(オン状態)サイクルを100回繰り返したところ、熱伝導率の平均値は還元後(オフ状態)で2.2W/mK、酸化後(オン状態)で12.5W/mKだった。

作製した酸化セリウム熱スイッチのサイクル特性(A)とオン/オフの熱伝導率(B) 作製した酸化セリウム熱スイッチのサイクル特性(A)とオン/オフの熱伝導率(B)[クリックで拡大] 出所:北海道大学

 この酸化セリウム熱スイッチの動作は安定しており、オン/オフ熱伝導率比は5.8となった。また、熱伝導率切り替え幅は10.3W/mKで、従来のSrCoOxやLaNiOx薄膜を活性層とする熱スイッチの熱伝導率切り替え幅(SrCoOx:2.85W/mK、LaNiOx:4.3W/mK)の2倍以上だった。

金属酸化物を活性層とする熱スイッチの熱伝導率変化 金属酸化物を活性層とする熱スイッチの熱伝導率変化[クリックで拡大] 出所:北海道大学

 今回の研究成果は将来の熱制御デバイスの実用化に向けた開発を加速し、特許を出願済みだ。今後は微細構造を制御するなどして性能向上を目指すとともに、熱の伝わり方を赤外線カメラで可視化することが可能な「熱ディスプレイ」を試作し、デモンストレーションすることで技術を普及させる考えだ。

研究の背景

 近年、熱制御技術の1つとして、電気的に熱流の流れやすさを切り替える熱トランジスタ(熱スイッチ)が注目されている。電子や光と同様に、熱を操ることができるようになれば、環境問題の1つである「使われずに捨てられている排熱」を、例えば熱のコントラストで情報を表示する熱ディスプレイのような、これまでになかった技術に応用することが可能になる。

 北海道大学電子科学研究所の研究グループは、2023年2月に世界初の全固体熱スイッチを発表し、2024年7月にはより高性能な全固体熱スイッチを実現したが、リチウムイオン電池用正極活物質材料として大量に使用され、枯渇が懸念されているコバルトやニッケルなどの金属を主成分とする材料を活性層として用いる必要があった。

⇒その他の「研究開発の最前線」の記事はこちら

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.