「デザイン保護に意匠登録は必須」と人は言うけれど……設計者のためのインダストリアルデザイン入門(13)(2/5 ページ)

» 2025年01月08日 06時00分 公開

デザインを守りたければ権利範囲を増やせばよい?

 物品の違いによって意匠権をかわされてしまうリスクが予期できたのであれば、ユカイ工学は初めから当該意匠の登録物品をクッションを含む広範囲に行えばよかったではないか、と一部の人は思うかもしれません。

 しかし、製品開発の現場においては、なかなかそうもいきません。もしも、リスクがあらかじめ想定され、登録物品を増やせばそのリスクを回避できると理解していたとしても、登録にかかる費用の問題が残ります。登録物品を増やすとなると、登録物品ごとに出願が必要であり、その費用は倍増してしまいます。

 もちろん、大手企業では、商品化される製品の意匠を広範囲で権利化する戦略をとっている企業も少なくありません。一方、中小企業など資本力のない組織という前提に立てば、想定し得る全ての物品について出願することは、費用面から現実的ではありません。

 さらに、海外での権利保護も視野に入れる場合は、国ごとの出願が必要になります。しかし、外国出願は国内出願よりも費用が高くなることが多く、海外での商品展開の明確な計画がないのであれば、出願ははばかられます。

 そもそも、1つの商品が生涯稼げる利益は限られており、出願費用はその利益から捻出されるものだと考えるのが一般的です。従って、1つの商品および意匠に対する特許や意匠登録費用が数百万円、数千万円にも上れば、事業計画が成立しなくなってしまうこともあり得るのです。

 つまり、知的財産権の取得に予算を割くことが難しい事業規模の小さい商品では、時に意匠侵害のリスクを受け入れざるを得ないのです。

 とはいえ、権利化に多額の費用を投資しないとデザインを強く守れないというのであれば、そもそも意匠権とは事業にとってどれほど意味があるものなのでしょうか?

 そこで、本稿ではこの問いに答えるべく、どのような条件が整えば任意の意匠登録をすべきなのかについて、意匠登録にかかる費用や意匠権取得によるメリット/デメリットを踏まえて考察します。

 なお、本稿は前述したいずれかの企業を批評するものではなく、あくまで意匠権それ自体の仕組みや面白さに関する解説記事ですのでご容赦ください。

そもそも、意匠権とは?

 そもそも意匠権とは何なのか、について解説します。

 意匠権は“知的財産権”の1つに含まれます。知的財産権とは、人の創作活動や事業活動において生み出されるアイデアや物、情報などを権利として保護する仕組みです。この仕組みは、製品技術だけでなく、音楽や芸術などの文化、そして経済を活性化させることに貢献しています。

 例えば、あなたが新しい小説を書いたとします。もし、誰かがそれを勝手にコピーして先に本にして売り出し、それがヒットしてしまったら……。とてもやるせない気持ちになると思います。このようなとき、あなたの作品を守り、さらにはあなたが新しいものを作る意欲を維持するための仕組みが“知的財産権”です。

 工業製品のデザインや技術を守ることができる知的財産権は、大きく分けて以下のような種類があります。

  • 特許権
    新しい技術的発明(構造、組み合わせ、製造方法など)を保護する権利
  • 実用新案権
    特許権と似ているが、比較的簡単な発明を保護する権利
  • 意匠権
    製品の形状、模様、色彩またはこれらの結合による外観を保護する権利
  • 商標権
    商品を他社と区別するために使用する文字、図形、記号などを保護する権利
  • 著作権
    小説、音楽、絵画など思想や感情を創作的に表現した著作物を保護する権利

 デザインを守るためには、これら知的財産権の中から、状況に応じて適切なものを選択し、権利化することが重要です。そして、知的財産権の1つである意匠権は、上記の通り、製品の外観デザインを保護する権利です。

 より具体的に述べると、意匠権は製品の形状、模様、色彩、またはこれらの結合によって生み出される、視覚的に捉えられるデザインを保護します。工業製品においては製品そのものだけでなく、GUI(Graphical User Interface)のデザインなど、画面表示における視覚的要素も意匠権の保護対象にすることが可能です。

 私たちは、製品の機能性はもちろんのこと、製品の見た目によって購買意欲を刺激されることも少なくありません。このことに鑑みると、意匠権は、製品の外観に独占排他的な権利を与えることによって、企業のデザイン開発への投資を促し、ひいては魅力的な製品を生み出すことへのインセンティブを提供することに貢献しているといえます。

 ちなみに、意匠権の保護対象となるのは、あくまで「工業上利用可能なデザイン」に限られます。つまり、大量生産が可能な製品のデザインが対象であり、一点ものの芸術作品や手工芸品などは、意匠権によって保護されることはありません。

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