コンプライアンスに関する従業員と組織の状態は、上記のマトリクスのように整理できます。縦軸が「コンプライアンスに関する知識の有無」で、横軸が「コンプライアンス順守の状況」を表しています。
近年、世間を騒がせている品質不正は、3つ目の「故意」によって起きていることが少なくありません。前述した名だたる企業の品質不正問題においても、「不正の存在を認識していたが、改善や報告をしなかった」という事例が見られます。
「故意」をもう少し詳しく説明すると、「ダメだと分かっているけど、不正を働いてしまう状態」です。「目標数値を達成できなければ、チームの存続が危うくなる。だが、このままだと達成できない……」といった状況に置かれたリーダーが、「チームや仲間を守りたい」と思い、数値をごまかしてしまうようなケースがこれに当たります。
このリーダーの行動は「故意」ではありますが、組織に不利益を与えようとする「悪意」があるわけではありません。つまり、「悪い人(性悪説)」ではなく、「弱い人(性弱説)」だといえます。
行動経済学の世界には、「人は勘定ではなく、感情で動く」という言葉があります。当社でも、人間は「完全合理的な経済人」ではなく、「限定合理的な感情人」だと捉えています。人間は常に合理的な判断をする訳でなく、感情に影響されるため、頭では良くないことだと分かっていても、不正に手を染めてしまうことがあるのです。
当然ながら、品質不正を起こした企業は再発防止策を講じます。ですが、残念ながら似たような問題を繰り返してしまうことがあります。その原因は、組織風土が変わっていないからです。
冒頭でお話しした通り、組織風土はその組織で当たり前になっている価値観や判断基準のことです。これを変えるのは簡単なことではありません。なぜなら、組織は「要素還元できない協働システム」であるからです。
「協働システム」という言葉について少し解説します。5人の組織があった場合、この組織を「5人の人がいる集団」ではなく、個人間に「合計で10本の関係性がある集団」と見なす、これが協働システムの考え方です。つまり、組織内の個々人は互いに独立して変化していくのではなく、相互に影響を及ぼしながら変化していくという組織観です。
例えば、ある従業員がマニュアルを守らずに注意を受けたとしましょう。当然、その人自身は反省するはずです。しかし、組織内に「納期を守るためなら、必ずしもマニュアル通りに進めなくてもいい」という暗黙の了解が根付いていれば、今度は別の従業員がマニュアル違反をしてしまうかもしれません。そうなれば、一度反省した人も、「みんな守ってないし、バレなければいいや」と、違反を繰り返してしまうリスクがあります。
これが、組織はお互いに影響を与える関係性で成り立っている、ということです。要素還元的に「○○さんが悪いから、○○さんを注意しよう」と個人に働きかけても、本質的な問題解決には至りません。当社は不正問題の原因は「人」ではなく、人と人の「間」に存在すると考えています。そうであるなら、個人に改善や理解を促すだけでなく、組織全体を見渡して総合的/複合的な対策を講じる必要があります。
例えば、人間の体質改善の取り組みに置き換えても同じことがいえるでしょう。健康診断で「生活習慣病のリスクが高い」と指摘されても、その原因を1つだけに求めることはできないはずです。根本的に改善したいのであれば、食事のメニューを見直すだけでなく、ウオーキングやジョギングなどの有酸素運動、睡眠時間の確保やストレス管理など、さまざまな取り組みをしなければなりません。これと同じく、組織改革も何か1つ施策を打つだけですぐに成果が出るわけではありません。
「組織風土を変革したら、本当に品質不正がなくなるのか」と疑問に思う方もいるでしょう。組織の価値観や判断基準が変われば、品質不正のリスク自体は間違いなく低減します。一方で、どれだけルールを整備し、研修を実施したとしても、価値観や判断基準がズレていたら、品質不正がなくなることはないでしょう。
次回は、品質不正が起きる組織で起きていることや、組織風土を変革するアプローチの全体像について解説していきたいと思います。
リンクイベントプロデュース
代表取締役社長
松田佳子
2009年、新卒でリンクアンドモチベーション入社。採用や育成、組織風土のコンサルティングに従事した後、従業員エンゲージメント向上サービス「モチベーションクラウド」の立ち上げに参画。以降は組織風土改革に特化した事業部の責任者を務める。2024年1月、リンクイベントプロデュース 代表取締役社長に就任。インナーブランディング領域において、戦略設計から社内コミュニケーション施策の企画/制作まで、総合的なサービスを展開。顧客の組織風土改革/カルチャー改革やビジョン実現を支援している。
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