本連載で提唱する概念データモデルは、一般に理解されているものとは異なる内容で定義している。
一般で言うところの概念データモデル(以下、一般概念データモデル)とは、業務改革/システム改革において、要件確定後に作成されるデータモデルである。業務部門やシステム部門の人員との認識合わせに用いられるため、厳密なデータモデルである必要はない。認識があった概念データモデルをもとにシステムエンジニアはシステム開発に着手する。システム開発を通じて一般概念データモデルは、論理データモデル、物理データモデルへと進化していく。
一方で、本連載で扱う概念データモデルは、個々の業務改革やモダナイゼーションに着手する前に作成することを想定している。特定の業務領域だけでなく、製造業のバリューチェーン全体をモデル化して表現する。論理データモデルのような厳密さは不要で、関連するデータをグループ化したデータ群と、そのキー項目(全てのデータ項目は不要)、データ群のつながりを示す。
クニエではこのように、業務要件やシステム要件を検討する前段階での、バリューチェーン全体を経営戦略や将来動向などをベースにモデル化することを提唱している。その際、競合他社の動向や政治、経済、法律などの外部要因、技術の発展、ヒト/モノ/カネに代表される内部要因の変化に対応できるようなデータ構造を模索しながら作っていく。
特に重要な点として、経営者の思いや実現したい将来像の観点を盛り込むことが挙げられる。現状の業務要件やシステム要件、足元課題の解決を表現するだけでなく、経営の意思決定に必要となるデータや、長期的な自社の将来像や社会を意識しながらモデル化に取り組むことが肝要である。「製品物流費」のような以前からある業務に関するデータもあれば、「温室効果ガスの排出量」や「人権、紛争鉱物などのトレーサビリティー」といった今後重要度が高まるであろうデータや、メタバースやブロックチェーンといった最新トレンドの観点も盛り込む必要がある。
この概念データモデルの実現を目指して、個々の業務改革やシステムモダナイゼーションを推進すると、データを起点、かつガバナンスを土台とした活動が可能になる。概念データモデルとして可視化されているため、仮に、他社との業務提携やパッケージシステムの制約などが原因となって、概念データモデルから外れざるを得なくなっても、どのデータがどういう要因で外れたか分かるようになる。それらの要因が解消された時にどのデータを戻せば良いかも分かる。
将来的に新しいデータが出てきた時や、新しい技術が出てきた時も概念データモデル上のどのデータに該当するか、どのデータと連携させればよいのかがすぐに分かる。バリューチェーン全体を俯瞰した概念データモデルがあるからこそ、企業全体の改革に一本の芯が通ることになる。ある企業は概念データモデルのことを「自社の憲法」と表現していた。
次回の第2回では、「概念データモデルが効果を発揮するシーン」について、筆者らが実際に幾つかの企業で取り組んだ事例を基に紹介する。
武井晋介(たけい しんすけ)
株式会社クニエ データモデリング・データマネジメント改革担当 ディレクター
完成車メーカーにて新製品開発PMOに従事。その後、外資系マーケティングリサーチ会社に転身し、自動車業界を中心としたリサーチ企画/データ分析を担当する。外資系小売業においてプライシング戦略の立案と実行、デジタルトランスフォーメーションを推進。クニエでは、加工/組み立て系製造業において、バリューチェーンのデータ改革/業務改革/システム導入や事業統合、新事業企画、生産現場改善などに携わる。
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