日立製作所は、シリコン内の電子スピンを量子ビットとして用いるシリコン量子コンピュータの実用化に向け、量子ビットを安定化できる量子ビット操作技術を開発し、従来手法と比べて量子ビットの寿命を100倍以上延伸できることを確認した。
日立製作所(以下、日立)は2024年6月17日、シリコン内の電子スピンを量子ビットとして用いるシリコン量子コンピュータの実用化に向け、量子ビットを安定化できる量子ビット操作技術を開発し、従来手法と比べて量子ビットの寿命(量子情報保持時間、あるいは量子コヒーレンス)を100倍以上延伸できることを確認したと発表した。
量子コンピュータによって実用的な計算を可能にするためには、100万量子ビット以上の規模が必要とされている。100万量子ビットを超える規模の実現では、演算、読み出し回路、配線などの大規模化による量子ビットの集積化や、量子ビットを効率的に制御する技術の実装が鍵になる。加えて、1つの論理量子ビットを複数の量子ビットで表現(冗長化)し、その冗長量子ビットを利用して誤りを検出/推定する「誤り訂正」の実装も重要とされている。量子アルゴリズムや誤り訂正の実装では量子ビットの長寿命化が必要となる。
そこで、日立製作所は、量子コンピュータのゲート型に属するシリコン量子コンピュータの量子ビットの寿命を従来手法の1.2μsから211μsに延伸する量子ビット操作技術を開発した。
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センター 主管研究員の土屋龍太氏は「当社では、アニーリング型に属する量子コンピュータであるCMOSアニーリングの事業化は既に完了している。現在は政府のムーンショット型研究開発事業に参画しサポートを受けながらシリコン量子コンピュータの開発を進めている。ゲート型には、超伝導やイオントラップ/冷却原子の量子コンピュータもあり、それぞれに一長一短がある。シリコン量子コンピュータは、ナノスケールのシリコンを材料として活用するため集積化しやすい利点がある他、使用するシリコン製の制御チップとの親和性も高いため、将来性があると見て当社では開発を推進している」と話す。
同社のシリコン量子コンピュータの作業手順はまず、シリコンの電子(量子ビット)を箱(量子ドット)に閉じ込めて制御できるようにしたものを複数配列し量子ドットアレイを形成する。次に、箱の中に閉じ込めた量子ビットの回転(スピン)と、量子ドットへのマイクロ波の照射による量子ビットの回転向きの変更で、演算に必要となる量子ビットのゼロと1の状態を作る。なお、マイクロ波を照射する時間を制御することで回転を制御できる。
しかし、量子ドットにマイクロ波が照射されるとシリコンの量子ビットは、Z軸方向には安定するが、この量子ビットが持つノイズや電荷ノイズなどの影響でX軸とY軸の方向で状態が不安定となり軸がぶれて回転するようになってしまう。その結果、回転振幅(波の高さ)が減衰し、量子ビットの寿命が劣化する。
この問題を解決した今回の量子ビット操作技術は、マイクロ波の位相変調を利用し、量子ビットのZ軸に加えてX軸とY軸の回転も操作することで360度全方向でノイズの影響から量子ビットを保護する。
今後は、量子ビットが持つノイズが少ないシリコン基板「同位体シリコン基板」を利用して量子ビット寿命のさらなる長寿命化を推進する。「同位体シリコン基板は天然シリコンの中に4.5%だけ含まれる質量数が29のシリコン29のみで作成される。シリコン同位体基板の調達ルートは限定されており、その確保は現状の課題だ」(土屋氏)。
併せて、大規模量子ビットアレイでの量子ビット操作技術の確立や誤り訂正機能を搭載した量子ビットアレイチップの開発なども進めていく考えを示している。「事業化で必要な量子ビットの寿命は約1mm秒で、今回の技術により実現した寿命からさらに約10倍に延伸しなければならないとみている」(土屋氏)。
また、今後も大規模集積化に向けた要素開発をハードとソフトの両輪で行い、シリコン量子コンピュータの早期実用化を目指す。将来的にシリコン量子コンピュータが事業化された際には、まず大学や研究機関などで利用を促しアルゴリズムの研究などが行われた後、マテリアルズインフォマティクスやバイオ製品の開発などで企業に活用してもらう考えだ。
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